補聴器は高過ぎる!? 動き始めた〝公的助成〟の現在地 全国から注目される「港区モデル」とは?~改善可能な因子・難聴⑤(2024年6月28日『ウエッジオンライン』)

一人暮らし、フリーランス 認知症“2025問題”に向き合う(19)

(Halfdark/gettyimages)

 連載第15回から、難聴と認知症の関係について見ている。

 補聴器の普及を妨げる大きな理由の一つに、「高額であること」があげられると連載第16回で書いた。また、補聴器普及が進む各国では公的支援(助成)が充実しており、自己負担額が少ないともわかった。

 そこで今回は、各自治体における補聴器支援の現状を見ながら、今後の課題について考える。

『補聴器にも使い方のトレーニングが必須!注目の「宇都宮方式聴覚リハビリテーション」とは?~改善できる危険因子・難聴④』

公的支援はどうなっているか

 補聴器は、一つ10万~30万円程度と高額である。また、加齢性難聴では両耳に装用するのが理想であり、その場合、両耳分が必要になる。よって、単純に考えても20万~60万円の費用が必要になるだろう。個人で払うには、大きな額だ。

 その点、普及が進んでいる先進諸外国では、補聴器に公的な支援があるために、自己負担額は少ない。

「JapanTrak2022記者発表資料」より各国の公的助成受給内容の比較(資料提供:日本補聴器工業会)

 上図は、補聴器に関する大規模調査「EURO Trak2022」と「Japan Trak2022」の結果を表にしたものであるが、ざっくり言うと緑系の色部分が公費を利用して補聴器を買った人の割合で、赤い部分が自己負担で買った人の割合だ。正確に言うと、黄緑で示されているのは補聴器を購入する際に「100%公的助成を受けた人の割合」で、緑は「公的助成を一部受けた人の割合(イギリスのみ自己保険で支払った人の割合が緑表記)」、赤は「公的助成を受けていない人の割合」だ。

 色を見れば一目瞭然で、イギリス、デンマーク、ドイツ、フランスなど欧州の補聴器使用者がほぼ公費負担で補聴器を購入しているのに対し、日本で「なんらか公的補助を受けた人」は8%だ。

 ちなみにアメリカの場合は、公的助成はないものの、たいていの医療費の支払いは私的な健康保険を利用するのが一般的で、補聴器もその適用になるので、自費で支払う人は少ない。

 こうして見ると、補聴器に対する公的助成(支援)の遅れが補聴器の普及を妨げていると、強く感じる。

 しかし、実は正にたった今、全国の自治体は少しずつ動き始めている。

認知症対策としての支援

 補聴器に対する公的助成は、障害者福祉の観点から高度以上の難聴者に対しての制度や、若年層に対する制度、労災認定された場合の制度などがある。が、これらは加齢性難聴における「軽度」「中等度」難聴に対して適用されるものではない。

「加齢性難聴に対する補聴器の公的助成が始まったのは、ここ最近の事だと思います。それまでも、いくつかの区市町村で助成を行っていたところはありましたが、大きく広がってはいませんでした」とは、日本補聴器販売店協会事務局長の高坂雅康さん。

 日本補聴器販売店協会では、全国の市区町村一つ一つの情報をていねいに集め、去年令和5年12月に「全国の自治体における補聴器購入費助成制度の実施状況」として発表した。

 それによると、「全国1747市区町村のうち、18歳以上を対象とした補聴器購入費助成制度を実施している自治体」は、令和5年度では237。金額(=限度額)は、1万円から13万7000円までで、多いのは限度額が3万円、5万円、2万円の自治体である。

資料提供:日本補聴器販売店協会

 目を引くのが新潟県で、新潟県では県内の全市町村、30市町村が補聴器に対する助成を行っている。

「なぜ新潟だけ?」と不思議に思い調べたところ、新潟ではなんと一人の医師の行動がきっかけで、助成制度が広がったとわかった。

新潟での取り組み

 その医師とは、日本臨床耳鼻咽喉科医会の理事も務めている新潟市・大滝耳鼻科クリニックの大滝一先生。大滝先生は、令和元年から県内全30市町村に自ら単身で出向いていき、助成金の導入を要望して回ったという。

「最初は全市町村と新潟県の担当部署に電話したのですが、反応がなかったので直接伺うことにしました」(大滝先生、以下同)

 なぜそんなことをしたかというと、その前の平成30年(2018年)に県内で行われた耳鼻咽喉科の研修会で、この連載でも取材している慶應大学名誉教授で「オトクリニック東京」院長の小川郁先生のお話を聞き、心を動かされたからだという。

「これからやってくる超高齢化社会を見据えた時に、補聴器が認知症対策の活路となると知り、普及を働きかけねばならないと強く思いました。そして、どこが普及を先導するかと考えた時に、行政でもメーカーでも、販売店でもなく、医療機関…中でも医師が中心になるべきだと思ったんです」

 大滝先生が行動を開始した令和元年(2019年)の時点で、補聴器に対する助成を行っていた自治体は8都道県の24市区町村。新潟県では皆無だった。

大滝先生のブログより引用。なお、弥彦神社の「弥」は、正しくは「彌」

 大滝先生は各市町村向けに「補聴器助成の提案書」を書くと、自らの夏休みを利用して県内にある30市町村の役場に、お願いに回った。

 そのいくつかを私は見せてもらったのだが、認知症や難聴を取り巻く状況を説明するだけでなく、それぞれの市町村における高齢化率や補聴器が必要となる人の推計数、更にその市町村が補聴器購入を負担した場合の金額までがわかりやすく書かれていた。

糸魚川市役所で提案書を渡した時の様子(写真提供・大滝先生)

 大滝先生の嘆願などの結果、翌令和2年4月から新潟県内の4つの自治体で補聴器の助成が行われ始め、令和3年には11市町村、4年には26市町村に広がり、去年令和5年にはついに県内全市町村での助成を実現させるに至った。

「助成があると知っていただいたことで、補聴器を使おうとする患者さんの数はとても増えました。私から勧めるより先に、補聴器について尋ねてくれる方が増えたんです」

 現在の課題は、助成金の額。

 新潟県内の市町村では、2万円から5万円程度を上限額とするところが多いが、実際の補聴器が一つ(片耳)10万~30万円することを思うと、この金額では少ない。

「加齢性難聴の補聴器購入に対する自治体の助成額で一番高いのは13万7千円ですが、これを各市町村にお願いするのは難しいと思っています。あとは県や国に動いてもらうしかないので、今後は働きかける先を変えて、さらに活動していく予定です。

 また、新潟県は全国に先駆けて全市町村での助成を実現できたので、『新潟プロジェクト』として行ってきた活動を全国展開していけたらとも思っています」

東京都の取り組み

 各市町村が補聴器に対する助成(支援)を単独で行うのには、確かに限界があるだろう。

 しかし国レベルでの助成は最初に書いた通りで、加齢性難聴の「軽度」「中等度」に対する支援は、今のところ、行われていない。

 では、都道府県レベルではどうなっているのか。

 東京都の例をあげると、東京都では今年令和6年度から『高齢者聞こえのコミュニケーション支援事業』を開始した。これは、区市町村が高齢者を対象とした補聴器購入費助成制度を実施する場合に、その費用の1/2を都が補助するものである。

 ちなみに去年令和5年度までも、『高齢社会対策区市町村包括補助事業』という別の事業によって費用の1/2の補助を同様に行っていた。が、この事業は「高齢社会対策に係る様々な取り組み」を補助するもので、補聴器購入への助成は「その一部」という位置づけだった。

 つまり、補聴器に対する助成は、正に今年度から「独立した事業として」開始されたところなのだ。

「本事業は、加齢性難聴の高齢者のコミュニケーション機会確保を推進し、介護予防につなげるため、加齢性難聴の早期発見・早期対応に係る区市町村の取り組みを支援するもので、予算額は5億8300万円です。補助内容を明確化することで、『より多くの区市町村で取り組みが進むこと』と、『加齢性難聴に係る普及啓発等早期発見・早期対応に係る経費を新たに補助率10分の10で補助して支援を強化すること』を目的として、令和6年度から単独事業としています」(東京都福祉局高齢者施策推進部在宅支援課、以下同)

 ちなみに去年度まで行われていた『高齢社会対策区市町村包括補助事業』は平成19年度のスタートで、補聴器購入に対する最近の補助実績は、平成30年度が2自治体、令和元年度4自治体、令和2年度7自治体、令和3年度12自治体、令和4年度15自治体、令和5年度23自治体となっている。     

 なお、『高齢社会対策区市町村包括補助事業』の中で、今年度に別事業としたものは「補聴器事業以外はありません」とのことである。

23区の助成状況

 東京都の中でもさらに23区に目を向けてみると、令和5年度に補聴器に対する助成を行っていたのは19。

東京23区の「助成金制度がある自治体(令和6年度)」。資料作成・提供:オトクリニック東京

 残りの4区(台東区、世田谷区、中野区、北区)でも、今年令和6年度には助成をスタートすることになっている(一部スタート済で、中野区は8月~、台東区は11月~スタート予定)。

 ちなみに、最初に紹介した「全国の助成状況」も同じように変わってきていて、各自治体のホームページを確認すると、今年令和6年度から新しく助成をスタートしていたり、元々あった「75歳まで」などの年齢上限を撤廃していたり、「非課税である」などの条件を緩和していたりする自治体が数多く出てくる。改めて、補聴器に対する公的支援が広がり始めていることを感じる。

注目される「港区モデル」

 その中で、全国からの注目を集めているのが「港区モデル」である。

 港区モデルとは、港区が令和4年度に区独自の取り組みとして始めたもので、補聴器の購入前の相談からアフターケアまでを一連のパッケージとして支援する制度である。上限は13万7000円で、年齢も「60歳以上」と敷居が低めの印象を受ける。

「助成しても“使えない補聴器”をお渡ししては意味がないと考えました。手にしていただいた方々に確実に聞こえを良くしていただくために、港区医師会の理事や有識者の方々とも協議を重ねてご意見をいただいたうえで制度設計しています。具体的には、補聴器相談医が在籍する医療機関を受診し、認定補聴器技能者のいる販売店で補聴器を購入してもらうだけでなく、調整を行う予定日を提出してもらうなど、補聴器トレーニングをしっかり行ってもらうための条件をつけています」(港区高齢者支援課、以下同)

 スタートした令和4年度の予算は8379万円。当初2272万4000円としていたものが、利用者数が523人となり予算オーバーしたために、6106万6000円を補正した。2年目の去年令和5年度は6594万3000円の予算で、443人が利用した。

聴力検査の重要性

 そして今年令和6年度の予算は4949万6000円だが、2年間実施した経験を踏まえて、新たな事業「聴力検査」を別予算485万2000円でスタートさせた。対象は、60歳、65歳、70歳、75歳の区民約9500人である。

「港区医師会によると、区内には自覚がないものの聴力に異常がある高齢者が3割いるとされています。聴力をしっかり検査していただいて、聞こえに不自由を感じる人をできるだけ取りこぼさず、快適に聞こえる暮らしを確保していただくために聴力検査を開始しました」とは、港区みなと保健所健康推進課。

 実際、補聴器が普及しない理由の一つとして、第16回で上げた2つめが「難聴を自覚するのが難しい」だった。そして自覚のポイントになるであろう「聴力の把握」については、検査する機会が少ないことも関係していると考えられる。

「加齢性難聴患者は65歳から増えてくるのですが、会社の健康診断で聴力検査をしていた人でも65歳くらいで退職して、ちょうどその頃から検査をしなくなります。よって、高齢者の聴力検査機会を作るのは、加齢性難聴対策の最も重要なものの一つです」とは、先の「オトクリニック東京」院長の小川先生。

 港区でスタートした事業は、医師・行政・販売店がタッグを組んで難聴者の支援……ひいては高齢者の快適な日常生活や社会参加の支援を行おうとするものだ。

「難聴の方はなかなかご自身が難聴だとは気づきませんし、助成事業が行われる前は医師も患者さんに補聴器を勧めることが多くはなかったと思います」と言うのは、新潟プロジェクトのきっかけを作った新潟市の大滝先生。

 助成が行われるようになったことで、様々な立場の人が、自分自身の立場で実際に高齢者たちと向き合い始めている。