美ら海を脅かす工事をメール1通で通告 辺野古、政府が民意に背き強行の歴史 「希望の海」を守るには(2024年6月28日『東京新聞』)

 
 米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設を巡り、防衛省は8月1日以降、大浦湾側に広がる軟弱地盤の改良工事に本格着手する。県が着手の通告を受けたのは、県議選のわずか2日後。土砂投入はこれまでも沖縄の「基地反対」の民意に背いて強行されてきた。あきらめが植えつけられる一方で、多様な生物が息づく美しい海が破壊されゆく現状に、危機感とともに、止める策を求める声が広がっている。(山田雄之、木原育子)

◆知事与党が大敗した県議選の2日後に届いたメール

沖縄県名護市辺野古の沿岸部(2019年撮影)

沖縄県名護市辺野古の沿岸部(2019年撮影)

 「辺野古反対の民意は弱まっていない。与党が議席を減らしたから、民意が弱まったというのはあり得ない」。玉城デニー知事は県議選から一夜明けた17日、辺野古の新基地建設問題への受け止めを問われ、記者団にこう強調した。
 県議選では定数48のうち野党の自民や中立の公明、維新などが過半数の28議席を奪取し、知事与党は20議席と大敗。ただし新基地建設を巡っては公明は移設反対の立場で、反対と推進・容認が24の同数となった。
 玉城知事は「普天間の危険性の除去につながらない辺野古移設、環境に甚大な影響を及ぼす軟弱地盤の改良工事は、国民から見ても非常に不透明。対話で解決していく場を要請したい」と政府に望んだ。
 ところが翌18日、沖縄防衛局は県に対してメールで、大浦湾側の海底の軟弱地盤を改良する本格工事に8月1日から着手する、と通告した。県によると、防衛局とは今年2月以降、埋め立て着工前に必要な事前協議を続けてきた。県が「協議中」との認識の中で、防衛局からは「協議は十分に尽くされた」との意向が示されたという。

◆玉城知事就任の2か月後に土砂投入開始

玉城デニー沖縄県知事(2022年7月撮影)

玉城デニー沖縄県知事(2022年7月撮影)

 振り返れば、これまでも民意に背いて辺野古の海への土砂投入は強行されてきた。「辺野古移設阻止」を前面に初当選した玉城知事の就任わずか2カ月後の2018年12月、政府は土砂投入に踏み切った。埋め立てが既成事実となる中で行われた19年2月の県民投票では7割が反対票を投じたが、工事は続いた。知事与党が過半数を得た20年の前回県議選でも、新型コロナを理由に中断していた工事が5日後に再開された。
 本格工事に際しては、7月上旬にも大浦湾側の現場海域で、くい打ち作業の試験を行うという。計画で使うのは砂を固めたくい約7万本。軟弱地盤改良には海面から70メートルまで打ち込む。
 沖縄国際大の佐藤学教授(政治学)は県議選の結果について「国に民意を無視され、法廷闘争も県の敗訴が続き、県民にはあきらめムードが漂っている」と分析。辺野古の滑走路の短さなどを指摘し「中国の脅威も懸念される中、辺野古新基地が本当に安全保障に資するのか、普天間の代替となり得るのか、立ち止まって検討すべきだ」と求める。玉城知事に対しても「『辺野古のきれいな海を埋め立ててもいいんだ』と、無条件に歓迎している県民はいない。県政野党の自民ともしっかり話をするべきだ。残された時間は限りなく短い」と警鐘を鳴らした。

◆「希望の海」に日本で初めて認定

沖縄 米海兵隊普天間基地 宜野湾市の住宅密集地に隣接する米海兵隊普天間基地(後方)

沖縄 米海兵隊普天間基地 宜野湾市の住宅密集地に隣接する米海兵隊普天間基地(後方)

 辺野古の海は、環境面で大きな価値がある。大浦湾周辺は2019年、米環境団体から「ホープスポット(希望の海)」に日本で初めて認定された。260種以上の絶滅危惧種を含む5300種超が生息する海の多様性の象徴だ。
 沖縄大の桜井国俊名誉教授(環境学)は「世界遺産に登録されている北海道・知床でも3000種の生物で、それをはるかにしのぐ命の宝庫。こんな海はどこを探しても他にない」と希少性を話す。
 日本政府も海を守る取り組みを進めてきた。例えば21年の先進7カ国首脳会議(G7サミット)。陸域と海域のそれぞれで30%以上を自然環境エリアとして保全し、生物多様性の損失を食い止めると約束した。
 桜井氏は「環境省は、その重要海域に大浦湾を含む沖縄島中北部沿岸を抽出した。それなのに新基地建設で、国際的な約束を自ら反故(ほご)にした。あまりにひどい暴挙だ」と指摘する。

◆移植したサンゴ、低い生残率

 沖縄防衛局は5月下旬から大浦湾側のサンゴ類約8万4000群体の移植作業を始めたが、それではサンゴ礁生態系が再生できないという。サンゴの生物学に詳しい東京経済大の大久保奈弥教授は「これまで移植後のサンゴの生残率は5年で約1割、良くて2〜3割だ」と話す。
 先行して21年度に始まった小型サンゴ類のモニタリング調査では、防衛省に助言する「環境監視等委員会」が「移植による影響は見られない」と結論づけた。
 大久保氏は「防衛省の資料を読めば、移植された絶滅危惧種のサンゴは全て死んだと判断できる。他の移植サンゴにおいては、全体の1割しか生残率を調べず、データが恣意(しい)的だ。移植が環境破壊の免罪符とされている」とし、今後を危ぶむ。「移植しても死んでしまうし、大浦湾に残っても多くの泥をかぶって死んでしまう。壊滅的な状況に陥るだろう」
 危機感は研究者らに一様に強く、大浦湾の環境保全を求める要望書が、学術団体など異例の19学会合同で国などに提出されている。

◆PFAS問題でも国の姿勢に疑問

 基地に由来する環境問題は他にもある。普天間や米軍嘉手納基地の周辺では、発がん性が指摘される高濃度の有機フッ素化合物(PFAS)が検出され、米軍基地との関わりが指摘されているが、国が米側に協力を求めるなどして、調査に乗り出す姿勢は乏しい。
 今月開かれた、米軍基地問題に関する県のアドバイザリーボード会議では「米軍の本音は普天間飛行場の継続使用である」と有識者の委員の見解が示された。軟弱地盤や9300億円に膨れている辺野古の工費を踏まえ、「技術的な実現可能性について立ち止まって国民が考える必要がある」と提起された。
 岸田文雄首相は23日の慰霊の日の追悼式で、米軍基地が集中する沖縄について「負担の軽減に全力を尽くす」とあいさつした。元土木技師で沖縄平和市民連絡会の北上田毅氏は「『負担の軽減』と言いながら、今回の米兵による少女への性暴力事件も県に伝達せず、隠し続けていた。県民はその言葉を誰も信じていない」と批判する。

◆土砂搬出に使う港の使用許可を出した沖縄県にも苦言

 一方で県にも苦言を呈す。「県は防衛局側に対し、新基地建設に関する行政指導を続ける一方、例えば土砂搬出に使う県港の使用許可は出しており一貫性がない。軟弱地盤を抱える大浦湾側は今後、とんでもない難工事が予想される。県には工事を止める具体的な手だてを探ってほしい」
 前出の桜井氏も「辺野古移設に向けた環境アセスの際、国はオスプレイ専用の基地であることを最後まで認めず、評価書を提出する段階になって、ようやくこそこそと盛り込んだ。沖縄の声を聞かずに工事のお墨付きを得る手法で、辺野古に関しては壮大な後出しじゃんけんをいつもしてきた」と述べる。政府の「生物多様性国家戦略」など新たな観点を理由とし、「大浦湾の埋め立て工事との整合性を問うため、県は埋め立て承認の再撤回をしていくべきだ」と促した。

 辺野古新基地建設問題 日米両政府は1996年、米軍普天間飛行場の返還で合意し、日本政府は99年に名護市辺野古への移設を閣議決定した。2013年、当時の仲井真弘多知事が辺野古沿岸部の埋め立てを承認したが、後任の故翁長雄志氏が承認を取り消した。法廷闘争に発展し、判決が確定した訴訟はいずれも県が敗訴。20年、政府は軟弱地盤改良工事の設計変更を申請し、23年12月に承認を代執行。今年1月、大浦湾側の準備工事に着手した。工事が予定通りに進んでも、普天間返還は30年代半ば以降となる見通し。

◆デスクメモ
 特報部は例年「慰霊の日」の沖縄と首相をウオッチしている。2017年の追悼式では安倍首相を鋭く見すえる翁長知事をとらえた。今年も岸田首相のあいさつ中に「沖縄を戦場にするな」とやじが飛んだ。民意を無視して美しい海を埋め立て続ける政府への精いっぱいの怒りの表明だ。(恭)