週のはじめに考える 性差別なき職場への道(2024年6月16日『東京新聞』-「社説」)

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 「待ちに待った答えです」。職場の男女差別を訴えた東京地裁の裁判で、今春勝訴した原告女性(44)=写真=の喜びの言葉です。
 女性は大手ガラスメーカーの子会社で働いています。会社は福利厚生として賃貸住宅家賃の一部を補助していますが、制度を利用できるのは、ほぼ全員が男性の総合職に限られ、16年前に一般職で入社したこの女性は対象外。
 家賃補助の適用を拒まれた女性は2020年8月、総合職のみを厚遇するのは一般職女性に対する差別だと訴えたのです。
 判決は男女雇用機会均等法(雇用均等法)の趣旨から「間接差別」に当たると認めました。性別が条件でなくても、制度を利用できない人が女性に偏り、生じる不利益に合理的理由がなければ、差別になると判断。会社側に損害賠償や慰謝料として約370万円の支払いを命じました。
 間接差別は07年施行の改正雇用均等法で導入された規定です。身長や体力を採用募集の条件にすることなど3類型を禁じていますが、判決はその枠を超えて、性別による差別を禁じた法律に照らして違法性を認めました。
 女性の代理人、平井康太弁護士によると、裁判で間接差別が認められたのは初めてだそうです。
 もちろん画期的ですが、17年前の改正法施行から初認定まで、これほどの時間を要した背景には、裁判で労働者側が格差を立証する難しさがあります。
 原告女性を特別な事例としないためには、格差の有無や合理的理由を立証する責任を、労働者側から雇用者側に転換するなどの手だてが必要となります。雇用均等法はまだ改正の余地があるのです。
◆「男女別採用」を隠して
 1人の女性社員が訴えた裁判が問うたのは、今も雇用の場に残る「男女別コース」の問題です。
 多くの企業で続いている「総合職」「一般職」のコース別採用は雇用均等法が施行された1986年4月ごろに始まっています。このネーミングは、施行時に係争中だった「日本鉄鋼連盟裁判」が意識されていたのでしょう。
 この裁判は同年12月、地裁での原告一部勝訴で確定しますが、業界団体は男女で異なる採用と処遇を行う「男女別コース」を継続。裁判ではそれを覆い隠すように男性を「基幹職員」、女性を「その余の職員」と呼びました。
 「男女別コース」や賃金、昇格における男女差別の違憲性が争われた裁判は、その後の職員や社員の採用にも影響しています。
 雇用均等法の趣旨を尊重すれば男女別コースはなくすべきでしたが、そうなりませんでした。「総合職は男性の仕事」「一般職は女性の仕事」と、男女を区別する企業風土は残り、賃金や待遇の男女格差が温存されたのです。
 労働事件裁判の重点は「同一労働同一賃金」を原則とする流れの中で、総合職・一般職などのコース別人事から非正規社員の待遇差別を問うことに移っています。
 2020年に最高裁判決が出た、東京メトロ子会社の元契約職員が退職金の不支給を巡って違法性を訴えた訴訟や、日本郵便契約社員らが正社員と同じ仕事をしながら待遇に格差があることを問題視した訴訟などはその例です。
 働く人の約4割を占める非正規労働者が受ける待遇差別は、男女問わずに起きています。それでも、非正規社員の7割が女性である実態を見れば、今なお女性差別が色濃いのです。
◆奪われた言葉取り戻す
 話を原告女性に戻します。家賃補助適用を会社に求めたとき、採用コースの転換制度がないにもかかわらず「それなら総合職になりなさい」と言われたそうです。女性は何も言えなくなりました。
 個人で加入できる労組に入り、裁判で闘うことは苦しい経験でしたが、「奪われた言葉」を取り戻す道になりました。会社側は控訴せず判決は確定。女性は「あらゆる会社で女性が意見を言えて、能力を発揮できる、差別のない職場になってほしい」と語ります。
 日本企業では女性が多い一般職をなくし、総合職のような職種に統合する流れがあります。社会全体の労働力不足を受けて、女性の力を積極的に生かそうとする機運が高まっているのです。
 この潮流を、男性中心に醸成されてきた能力主義成果主義に収れんさせないことが肝心です。
 差別されてきた女性たちが、1人の人間として尊重され、力を発揮できる職場への転換。それがたった1人で声を上げた原告女性の願いでもあります。