先天性聴覚障害乗り越え薬剤師に 青森県内初 工藤翔太さん(弘前市)「困っている人の役に」(2024年6月16日『Web東奥』)

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「患者さんに寄り添う薬剤師になりたい」と意欲を見せる工藤さん=弘前市のファイン調剤薬局松森町店
 生まれつき耳が聞こえない青森県弘前市の工藤翔太さん(29)が4月から、市内の調剤薬局で薬剤師として働いている。今年3月、5回目の挑戦で薬剤師国家試験に合格した。先天性の聴覚障害者の薬剤師は県内初、全国でも珍しい。電子機器や手話、筆談を使って、患者らとコミュニケーションを取る工藤さん。「困っている人の役に立ちたい。人に寄り添える薬剤師になりたい」と意欲を見せる。
 工藤さんは、県立弘前聾学校幼稚部、大和沢小学校、弘前第三中学校を経て、2009年に東奥義塾高校特進コースに入学した。幼いころから、社会に貢献できる仕事に就きたいと願っていた。
 薬剤師の父・和信さん(59)、母・章子さん(60)が、患者の薬の相談に乗っている姿を見て、薬剤師の道へ進む思いを強くした。高校の授業で先生が言っていることが理解できず、悩んだこともあったが、板書や教科書の内容を必死に頭に入れた。
 北海道科学大(6年制、旧北海道薬科大)入学後、支えになったのが友人、先輩、教員の存在だった。授業中、隣の席の友人が、教科書のページやキーワードを指さしで示してくれた。実習では、教員から口頭での指示があると戸惑ったが、同級生が何をすべきかを的確に伝えてくれた。
 大学卒業時の20年、初めて受けた薬剤師試験は不合格。弘前の実家に戻り、独学で勉強し21年、22年、23年と試験に挑戦し続けた。コロナ禍でストレスがたまり、両親とぶつかることもあった。23年、埼玉県の予備校と寮に入り、受験勉強に没頭し実力を伸ばした。
 5回目の挑戦となった今年の試験。合格通知が3月に来たときには「追い詰められたギリギリの状態から救われた気がした」(工藤さん)。
 現在、和信さんが運営する調剤薬局で働く。主に薬の調剤、複数の薬を一つの袋に入れる作業を行う。音声文字変換アプリ、口の形で言葉を伝える口話、筆談なども使って服薬指導を行う。「自分がろう者の薬剤師になれたのは、周囲の支えがあったから。何かに挑戦し続けるろう者のため、今度は自分が全力で応援したい」と前を見据える。
 工藤さんを叱咤(しった)激励し、苦楽をともにしてきた和信さんは「耳が聞こえない中で、薬剤師の資格を取るのは、一般の人と比べれば、何倍も何百倍も大変なことだと思う。よく頑張った」と語った。
▽県ろうあ協会「若者に希望」
 県ろうあ協会によると、聴覚障害者はかつて障害を理由に薬剤師免許を交付されなかったが、関係団体が国に働きかけた結果、2001年の法改正によって交付されるようになった。同協会事務局長の浅利義弘さんは「工藤さんが、聴覚障害者の薬剤師県内第1号になったことは、聞こえない若者や子どもたちに希望を与える。障害があるなしに関わらず、人として当たり前に生きていける社会の実現へ追い風になる。若い人には工藤さんのように、失敗を恐れずに積極的にいろいろなことにチャレンジしてほしい」と述べた。