聴覚障害者では県内初の薬剤師に(2024年5月4日『陸奥新報』)

 

聴覚障害者として県内初の薬剤師となった工藤翔太さん

 2月の薬剤師陸奥新報国家試験に合格し、聴覚障害者として本県初の薬剤師となった弘前市の工藤翔太さん(29)が、市内のファイン調剤薬局松森町店で日々業務に励んでいる。工藤さんは「時間はかかってしまったが、合格できてよかった」と喜び、「同じように聴覚障害を持ち、薬剤師を志望する学生にとって一つのモデルになれたら」と力を込める。
 先天性の聴覚障害で、程度は最重度の2級。県立弘前聾学校幼稚部から市内の小中学校を経て東奥義塾高校に入学。授業では教員の話が聞き取れずに、教科書や板書を頼りに勉強するなど苦労を重ねた。
 将来については薬剤師の両親の勧めもあり薬学部への進学を考えた。しかし、中学生の頃から授業の内容はよく分からないと感じることが多かった。「大学の授業について行けるのか」という不安、「そもそもあまり理解できない授業を受ける意味があるのか」という疑問が膨らんだ。加えて、学費の高い薬学部で留年するリスクも考え、進学を思い悩んでいた。
 高卒で働くことも考えたが、「将来を考えれば何か資格を取っておいた方がいい」との両親の助言や、親の影響で小学生の頃から「人を助ける、役に立つことをしたい」という思いを抱いていたことなどもあり一念発起。札幌市の北海道科学大学に進学した。
 勉強面での苦労は続き、筆談と口話で行った服薬指導の実習では、うまくコミュニケーションが取れているのかという不安を感じることもあった。それでも、薬剤師数が慢性的に不足している本県の助けになりたいと必死に食らい付いた。
 努力の末、今年2月に念願の薬剤師国家試験合格を果たした。現在は父親の和信さんが代表取締役を務めるメディカルトーイボックスが運営するファイン調剤薬局松森町店に勤務。患者の自宅を訪問し服薬指導する在宅医療や、薬歴を管理する仕事に従事。音声文字変換アプリ、口話や手話などを駆使しながら、患者に寄り添った薬剤師になれるよう、日々研さんを積んでいる。
 聴覚障害者で薬剤師となったのは県内初で、全国的にも珍しい。弘前市聴覚障害者協会の浅原武憲会長は、2001年に薬剤師法が改正されるまでは聴覚障害者には免許が与えられなかったという歴史に触れ、「とてもうれしい。薬剤師だけでなくさまざまな職業で聞こえない人が自分の夢を持ち、挑戦できるようになってくれたら。(工藤さんには)聞こえる聞こえないに関係なく、患者さんと信頼し合い、コミュニケーションを取れるような環境をつくっていってほしい」と期待する。
 父・和信さんは「自学自習に近い状態で6年間の勉強を乗り越え、国家試験にも合格した。親としては自慢の息子。これからもっと苦労することもあるだろうが、下の世代の子に希望を与えられるような薬剤師になってほしい」、母・章子さんも「(合格に)ほっとした。彼でなければできないこともあると思うので、自らの特性を生かしながら、患者さんに寄り添った指導をしていってほしい」とエールを送った。
 工藤さんは「障害の壁にぶち当たって悩んだり苦労したりすることはあると思うが、患者さんに信頼され、薬や健康、食事、運動のことで相談してもらえるような、日常生活に深く関われる薬剤師になれるよう頑張りたい」と力強く語った。