「能登特有の手話」も…被災地で孤立しがちな聴覚障害者、ニーズくみ取る福祉避難所の設置を(2024年4月10日『東京新聞』)

 
 能登半島地震では、石川県内の聴覚障害者の避難の在り方が課題として浮かんだ。手話通訳者がいない避難所での孤立を恐れて自宅などにとどまると、周囲の目が行き届きにくい。能登特有の手話ができる通訳者も足りない。聴覚障害者で石川県聴覚障害者協会の藤平淳一理事(51)は「聴覚障害者のニーズをくみ取れる『聴覚障害者福祉避難所』が奥能登に必要」と訴える。(安里秀太郎

◆倒壊のおそれある自宅、車で暮らす障害者も

 協会によると、石川県能登町聴覚障害者の就労を支援する福祉施設「やなぎだハウス」の利用者9人は1月13日、家族とともに金沢市いしかわ総合スポーツセンターに避難した。
 その後、白山市松任総合運動公園体育館に集団で移った。日中は、白山市の難聴者や聴覚障害者を対象とした就労支援施設「あさがおハウス」に通っている。
 やなぎだハウス利用者で聴覚障害のある弟と2人暮らしの穴水町の酒井恵一さん(68)は七尾市内で被災。数時間かけて帰った自宅は倒壊しかけ、応急危険度判定で「危険」を示す赤い紙が貼られた。
手話を通じて地震発生当時の状況を振り返る酒井恵一さん(左)と沖田耐芽さん=石川県白山市で

手話を通じて地震発生当時の状況を振り返る酒井恵一さん(左)と沖田耐芽さん=石川県白山市

 いしかわ総合スポーツセンターに避難するまで、弟とともに車内や車庫で暮らした。町会長が時々様子を見に来たが、支援物資や仮設浴場の情報は自分で調べ、生活をつないだ。
 酒井さんのように、指定避難所や自主避難所に行かない聴覚障害者は少なくない。藤平さんは「手話通訳者がいない、周囲に迷惑をかけてしまうかもしれないなどの理由で、地域の避難所に行くことをためらい、被災した自宅などで避難生活を送っているケースはよくある」と指摘する。

◆ノウハウを持つ「やなぎだハウス」の認定を

 奥能登聴覚障害者福祉避難所を設置する上で、能登地方特有の手話に対応できる手話通訳者の育成も求められる。能登には日本で主に使われる手話のうち、日本語とは別の文法を持つ「日本手話」を基に独自に形づくられた手話がある。藤平さんによると、協会登録の県内手話通訳者108人のうち対応できるのは2人程度しかいない。
 「新人のころは奥能登の利用者の手話が理解できず、利用者同士で通訳してもらったり、筆談をしたりした。とてももどかしい思いだった」。やなぎだハウス生活支援員聴覚障害者の沖田耐芽さん(29)は振り返る。
 藤平さんは「聴覚障害者が避難所内で孤立するのは最も避けなければならない」と強調する。協会は奥能登ろうあ協会とともに2007年から、県に聴覚障害者支援のノウハウがあるやなぎだハウスを、福祉避難所に認定するよう要望。「聴覚障害者福祉避難所の設置は急がなければならないが、行政の協力なしには難しい」と官民で検討する必要性を説く。

 手話 手や指の動きを使って視覚的に表現する言語。手話をコミュニケーションの主たる手段とする人が「ろう者」。日本のろう者が使う「日本手話」は独自の文法があり、日本語とは全く異なる言語。日本語の関西弁や東北弁のように、語彙(ごい)の多くが地域で異なる方言もある。日本語と同じ語順で発声しながら手話単語や指文字を並べて表現する「日本語対応手話」は、主に病気などによる中途失聴者や難聴者が使っている。