保護司殺害に関する社説・コラム(2024年6月11日)

保護司殺害 更生支える人の安全どう守る(2024年6月11日『読売新聞』-「社説」)
 
 罪を犯した人や非行少年の社会復帰を支える保護観察制度を、根底から揺るがす事態だ。保護司の安全確保に向け、対策を急がねばならない。
 大津市の保護司新庄博志さんが自宅で殺害されているのが見つかり、警察は、新庄さんが担当していた保護観察中の無職飯塚紘平容疑者を殺人容疑で逮捕した。
 飯塚容疑者は、コンビニ強盗で執行猶予付きの有罪判決を受けていた。新庄さんとの面接の際に襲った疑いがあるとされる。
 容疑者が投稿したとみられるX(旧ツイッター)の書き込みには「保護観察とか~。全然保護しない」などとあった。警察は、保護観察を巡って不満を募らせた可能性があるとみて調べている。
 犯罪者の立ち直りを支援する保護司が、その活動中に命を奪われたとすれば、あまりに衝撃的で痛ましい。一体何があったのか、詳しい動機の解明が不可欠だ。
 保護司は全国に約4万6000人いる。法務省保護観察官と連携して、保護観察中や仮出所中の人と面接し、生活や就労の相談に乗っている。身分は法相の委嘱を受けた非常勤の国家公務員だが、実質は無給のボランティアだ。
 これまで、保護司の家が担当する少年に放火された事件などはあるが、保護観察中の対象者に殺害された例は過去にないとされる。保護司が安心して活動できるよう再発防止策を講じるべきだ。
 罪を犯した人に家庭の温かみを感じてもらうため、面接は保護司の自宅で行われることが多い。今回のような事件が起きた以上、面接場所として、各地の更生保護サポートセンターや公民館などをもっと使いやすくしてはどうか。
 保護司が不安を感じる対象者については、複数人で面接するといった工夫も重要だろう。
 保護司は高齢化が著しく、なり手不足が深刻だ。そのため、法務省は、人材の確保や待遇の見直しを進めている最中だった。事件により、なり手不足に拍車がかからないか心配される。
 犯罪者に接してきた警察OBや法曹関係者を登用するほか、保護司を支援する仕組みを整備するなど不安の 払拭ふっしょく に努めてほしい。
 明治時代に篤志家が刑務所の出所者を支援したのが保護司の始まりで、社会奉仕の精神を掲げている。だが近年、地域社会は変容し、篤志家頼みには限界がある。
 時代に見合う制度に改めることが大切だ。薬物依存など対象者が抱える問題も複雑化しており、保護司の研修充実も欠かせない。
 

保護司の安心保つ体制を急げ(2024年6月11日『日本経済新聞』-「社説」)
 
 犯罪や非行を犯した人に寄り添い、立ち直りを支える。そんな重い役割を担う保護司の男性が殺害された。警察は保護観察中で、被害者が担当していた男を殺人容疑で逮捕した。
 男は容疑を否認しているが、事実であれば保護司制度の土台が揺らぎかねない。真相解明とともに、すべての保護司が安心して活動できる体制整備を急ぐべきだ。
 保護司は日本独特の制度だ。非常勤の国家公務員で、報酬はない。刑務所や少年院を出た人らの住居や就労先を探したり、地域で犯罪予防を呼びかけたりと活動は多岐にわたる。被害者の男性は長年、熱心に保護司を務めてきたという。奉仕活動の末に命を奪われたとすれば残念だ。
 制度は海外でも高い評価を受けるが、なり手は年々減っている。その結果高齢化が進み、全国約4万7千人の平均年齢は65歳を超えた。このままでは制度の存続が危うい。今回の事件で減少に拍車がかかることを危惧する。
 保護司対象のアンケート(2019年)では、4人に1人が「1人で面接することに不安や負担を感じている」と回答した。価値観や犯罪が多様化し、対象者との関係づくりが難しくなっているとの指摘もある。担い手の確保にあたり、こうした負担感を払拭することは欠かせない。経験の浅い保護司をベテランがサポートするような取り組みを増やしたい。
 今回の事件を受けて、法務省はすべての保護司を対象にトラブルの有無などを調べるという。実態を把握し、リスクの芽があれば早急に対処しなければならない。
 一方で保護司と信頼関係を築き、社会復帰への道を着実に歩んでいる人も多い。保護観察対象者への偏見がこれ以上広がらないようにすることも必要だ。
 再犯防止のためには罪を犯した人を孤立させず、社会が受け入れることが求められる。保護司はその伴走者であり、水先案内人でもある。不幸な事件を繰り返させず、制度を守る手立てを考えたい。

保護司 社会全体で支えるときだ(2024年6月11日『産経新聞』-「主張」)
 
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滋賀県警大津北警察署を出る飯塚紘平容疑者を乗せた車両=10日午前8時28分、大津市(渡辺恭晃撮影)
 
 大津市で60代の男性保護司が殺害された。滋賀県警はこの保護司が面談していた近所の男を殺人容疑で逮捕した。男は犯行を否認しており、事件の全容は見えていない。
 徹底した捜査を望みたい。同時に考えたいのが、保護司制度の有り様である。
 民間人の善意が支えるこの制度を巡っては、かねて保護司の担い手不足という構造的な問題が指摘されてきた。
 今回の凶行で他の現役保護司が萎縮したり、保護司になることに二の足を踏む動きが出たりすることは避けたい。そのために何ができるかである。
 刑務所や少年院を出所した保護観察中の人の社会復帰を支援する保護司の意義は大きい。保護司が安心して活動できるようにすることが重要だ。社会全体で保護司を支えるための方策を考えなくてはならない。
 保護司は観察対象者と同じ地域に住む民間人から選ばれ、定期的に対象者と面談し生活の相談に乗る。法相の委嘱を受けた非常勤の国家公務員だが、交通費などの実費以外は無償だ。実質的なボランティアである。
 法定定員は5万2500人だが、定員割れが続き、活動中の保護司は昨年1月現在で約4万7千人である。平均年齢は65・5歳と高齢化も進んでいる。
担い手不足の最大の要因は負担の大きさだろう。対象者の就職先を探し、面談を行い、その報告書も書く。啓発運動もあるので現役の会社員では両立が難しい。現在、制度存続の方策を協議する法務省有識者会合で負担軽減が議論されている。
 また、同省は今回の事件を受け、全国の保護司が担当する全案件で対象者とのトラブルがないかどうか調査を始めた。
 最近は薬物使用者のほか、性犯罪や家庭内暴力などの過去を持つ観察対象者の割合も増えている。専門知識が必要で、保護司だけに任せるのは難しいケースも多い。
 心理学や教育学などの知見を有する法務省保護観察官との連携をさらに密接にすべきではないか。保護司と観察対象者の関係は1対1が原則だが、対象者の状態次第で複数の保護司がチームを組むのも一案だ。
 官ではなく民だからこそ対象者が心を開くこともあろう。そうした良さを生かしつつ制度を改善する視点が求められる。
 

保護司、尊い活動にあまりに無知だった(2024年6月11日『産経新聞』-「産経抄」)
 
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 13年前、襲ってきたヤクザを日本刀で刺殺した主人公が、刑務所を出所する。令和3年に公開され数々の賞に輝いた映画「すばらしき世界」の冒頭の場面である。役所広司さんが演じる三上正夫は保護司を務める弁護士が待つ東京に向かう。
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 弁護士の自宅ですき焼きをふるまわれた三上は号泣する。映画の原案は、佐木隆三さんのノンフィクション小説『身分帳』である。映画監督の西川美和さんは佐木さんの訃報記事で絶版中の小説の存在を知り、改めて取材して脚本を書いた。
 
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 映画に合わせて復刊された文庫の解説で、西川さんは弁護士夫人から聞いたエピソードを紹介している。主人公が故郷に帰る際、おむすびを持たせると、後から丁寧な礼状が届いた。「電車の中で食べて涙が止まらなかったって…海苔(のり)のパリパリが忘れられない、って」。
 大津市の住宅で、レストランの経営者で保護司の新庄博志さん(60)が殺害された事件で近所に住む飯塚紘平容疑者(35)が逮捕された。強盗事件を起こした飯塚容疑者は令和元年6月に有罪判決を受け保護観察中だった。新庄さんが更生支援を担当していた。
 西川さんは『身分帳』に出合うまで「塀の中から出てきた人がどうやって人生を再開するかについても、私はこれまでまともに考えたことがなかったように思う」と打ち明ける。「人生の再開」に大きな役割を果たしたのが保護司である。
 保護司は明治時代にルーツをもち、現在全国で約4万7千人いる。高齢化と担い手不足が深刻化しているそうだ。新庄さんと飯塚容疑者の間で何があったのか、まだわからない。そもそも、罪を犯した人たちの社会復帰を無償で手助けする尊い活動について、小欄はあまりに無知であった。