警察初の司法取引 慎重、適正な運用求めたい(2024年4月11日『熊本日日新聞』-「社説」)

 兵庫県警が捜査した自動車販売会社の融資金詐欺事件で、捜査協力の見返りに容疑者の刑事処分を減免する司法取引(協議・合意制度)が適用されたことが明らかになった。2018年6月の導入以降、検察が手がけた事件での適用は3例あるが、警察の事件では初めてとみられる。

 司法取引は主に企業などの組織犯罪の摘発を目的に導入された。今回の適用で全国の警察でも運用が広がるかが注目される。冤罪[えんざい]を招く危険性もつきまとうだけに、慎重かつ適正な運用を求めたい。

 今回の事件で、自動車販売会社を巡っては20年10月~21年2月、粉飾した決算報告書をもとに銀行に融資を申請し4千万円をだまし取った疑いがある。兵庫県警は23年11月に自動車販売会社の元社長や契約する税理士法人の職員ら3人を、今年2月に税理士ら2人を、それぞれ詐欺容疑で逮捕した。

 司法取引は税理士法人の職員との間で交わされた。税理士法人側が自動車販売会社の財務状況を認識しながら粉飾書類などを作成したことの立証に生かされたとみられる。検察は司法取引に応じた職員の容疑を詐欺ほう助罪に切り替え、起訴猶予にした。

 司法取引は、容疑者や被告が共犯者らの犯罪の捜査・公判に協力する代わりに、本人の起訴を見送ったり、求刑を軽くしたりする制度だ。贈収賄や組織的詐欺、薬物銃器犯罪などが対象となる。上層部が関与した組織犯罪で、部下らの協力を得て解明するケースが主に想定されていた。

 これまで適用が明らかになっていたのは東京地検特捜部が捜査した3事件。このうち日産自動車元会長カルロス・ゴーン被告の役員報酬過少記載事件など2事件は、企業自体か企業の意向を受けた幹部が捜査協力する形だった。

 組織犯罪の捜査で、司法取引によって上層部の悪事を摘発できるのなら、捜査機関にとって有効な手法となり得る。しかし、容疑者が自分の罪を軽くするために虚偽供述で無実の人を巻き込んだり、共犯者に責任転嫁したりする恐れもある。検察や警察は冤罪を生む危険性を認識し、適用の可否を十分に吟味するべきだろう。

 司法取引で有利な供述や証拠が得られても、それらを客観的に裏付ける捜査を尽くすべきであることは言うまでもない。国民の理解が得られ、悪事の摘発に必要な手法として確立されるには、適正な運用を積み重ねる必要がある。

 組織犯罪の中でも特に摘発に力を入れてほしいのが、全国で被害が後を絶たない特殊詐欺だ。ただ、現金の「受け子」や「出し子」など末端の実行役は指示役ら上層部に関する情報を持たず、司法取引の活用は難しいとみられている。

 今月、全国の警察が連携して特殊詐欺を捜査する「連合捜査班」が発足。大都市圏の7都府県警には専従部隊が置かれた。体制強化で上層部に近い人物までたどり着ければ、司法取引が生かされる局面もあるかもしれない。組織の壊滅につながる捜査を期待したい。