1回限りの「定額減税」に早くも延長論が…経済合理性を無視した「与党の政治的思惑」(2024年6月5日『現代ビジネス』)

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 1回限りのはずだった定額減税の延長論が早くも出てきている。減税の効果が疑問視される中、9月の総裁選や都知事選の国政選挙化など政治的動きが重なっており、状況は流動的だ。
定額減税の実施に至った背景
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 政府は物価高対策として所得税と住民税の一定額を減税する定額減税を6月から実施している。所得税については3万円、住民税については1万円が、6月以降の給与などから差し引かれる。住民税非課税世帯については給付が行われることになっており、すでに実施されている3万円と合わせると10万円が配られる見込みだ。
 このところ激しい物価上昇で、国民生活は苦しくなっている。今回の減税は家計を支援し、消費の低迷を防ぐ目的で行われたが、多くの人が認識しているように、背景には衆院解散や自民党の総裁選など政治的思惑が絡んでいる。
 岸田文雄首相は当初、6月の解散を目論んでいたといわれる。4月に実施された賃上げに加え、6月の定額減税によって家計にゆとりが生まれて国民の好感度が上昇。これを材料に選挙に臨むというシナリオであった。
 確かに4月の春闘では例年にない水準の賃上げが実現したものの、従業員数で全体の7割を占める中小企業の社員には十分にその恩恵がいきわたっておらず、しかも、これまで続けてきた電気代・ガス代の補助は5月に終了となり、6月以降、光熱費が急騰することがほぼ確実となっている。
すべてのシナリオが狂った
 加えて、足元では円安が進んでおり、すでに多くの商品が再値上げを表明している。岸田政権が当初、考えていたように家計は改善していない。さらに言えば、定額減税の仕組みが複雑であり、国民が効果を実感できないという問題も指摘されている。
 所得税については6月以降、減税分がなくなるまで税額から差し引かれ、住民税については6月分の住民税が一旦ゼロとなり、減税後の税額を11等分した金額を毎月徴収するというかなり複雑な形態となった。給付金のように、明確に金額がわかる形でお金を受け取れるわけではなく、給与明細をよく見ないと効果を実感しにくいというのが現実だろう。
 政府も気にしているのか、企業に対して減税額を給与明細に明記するよう求めたものの、逆に上から目線であるとして批判を受ける結果となってしまった。
 こうした状況から、6月の解散は難しいというのが大方の見方となっており、総裁選を先に実施して、その後、解散する可能性が高くなってきた。総選挙に関しては以前から小池百合子東京都知事の国政転出が取り沙汰されていたものの、衆院の補選において自民党が連敗したことや、小池百合子都知事が推薦した候補が惨敗したこともあり、小池氏の国政転出も完全に吹き飛んでしまった。
 小池氏は都知事選に再出馬せざるを得なくなり、その都知事選には立憲民主党蓮舫氏が殴り込みをかける状況となっており、都知事選は総選挙の前哨戦という位置付けにならざるを得ない。すべてのシナリオが狂う中、与党内から出てきたのが定額減税の延長論である。
自民党が過去に犯した「大失敗」
 自民党木原誠二幹事長代理は出演したテレビ番組において、経済状況次第では来年も実施する可能性があると発言した。鈴木俊一財務大臣は即座にこの発言を否定し、定額減税はあくまでも1回限りであると強調しているものの、与党内に延長論が出ているのはほぼ間違いない。
 しかしながら、定額減税を延長することが果たして効果を発揮するのかは疑問であり、むしろ自民党にとって鬼門となる可能性すらある。その理由は、過去にこのパターンで大きな失敗をしているからである。
 1998年、橋本龍太郎首相は所得税の減税を表明し、これを材料に参院選に臨む算段だった。ところが橋本氏は減税が恒久的なものか、一時的なものなのかで発言を翻し、野党やメディアから総攻撃を受けてしまった。その結果、参院選では大敗北となり、橋本氏は退陣を余儀なくされてしまう。
 結局、定額減税は行われたものの、橋本氏の後を継いだ小渕恵三首相は、定額減税を定率減税に切り替えた上で、恒久減税として実施。小泉政権が取りやめるまで10年間、所得税の減税措置が続いた。
 大規模な所得税の減税を10年間続けたものの、その効果は芳しいものとは言えなかった。その理由は減税が実施された後、日本経済はデフレがさらに激しくなり、2003年には日経平均株価が暴落。金融恐慌さえ囁かれる状況となったからである。景気が悪いところに減税を行っても大きな効果を得られないというのは経済学の常識であり、タイミングが悪かったといえ、この政策はほとんど意味をなさなかったと言わざるを得ない。
効果が高いのは「減税」ではなく…
 恒久減税か、1回きりの減税かで議論となっていることや、選挙を控えていることなど、今回の定額減税と98年の定額減税はよく似ている。
 繰り返しになるが、減税というのは景気がある程度、良い状態において、その流れを確実にするためには効果的な政策ツールといえる。だが景気が減速していたり、消費が低迷している時には、そもそも多くの所得を得ることができないので、減税の効果は限定的なものになってしまう。
 現状の日本経済は消費が著しく低迷している状態であり、3四半期連続でマイナスもしくはゼロ成長という、リセッションとも呼べる状況に陥っている。
 こうした状況では、給付金の方がまだ効果が高いということになるだろう。選挙対策や政権の延命という観点から定額減税の延長論が出てきているわけだが、これが経済に何らかの好影響を与える可能性は今のところ低いと言わざるを得ない。
 
加谷 珪一