定額減税のアピール 首相の露骨なご都合主義(2024年5月25日『毎日新聞』-「社説」)

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6月の給与明細のイメージ。定額減税の金額が記載される。
 
 国民受けしそうな政策だけを一方的に宣伝するのは、あまりにご都合主義ではないか。
 物価高対策として昨年末に決まった定額減税が6月から始まるのを前に、政府がアピールに躍起になっている。主導した岸田文雄首相は今週、国会で「国民は手取りが増える形で効果を実感できる」と強調した。
 所得税と住民税合わせて1人4万円となる。家族構成や給与によって月ごとの税金の引かれ方が異なり、政府は近くモデルの試算を示す方針だ。加えて、会社員らが受け取る給与明細に減税額を記載することも義務づけた。
 その一方で、国民負担につながる政策では、金額の公表に後ろ向きだ。
 「子ども・子育て支援金」の財源と位置付ける医療保険料の追加徴収額は、モデルの試算をなかなか示さなかった。国会で給与明細に記載するかをただされたが、首相は明言を避けた。
 どのような政策でも、国民に分かりやすく説明するのが政府の役割である。負担だけ明示しないのは、筋が通らない。
 自民党派閥の政治資金問題が響いて、内閣支持率は低迷が続く。減税をことさら強調するのは、政権浮揚の道具として利用しているとみられても仕方がない。
 給与明細への記載に伴って、中小企業を中心に事務処理などの負担が増すとの懸念が出ている。
 毎月の減税額は社員によって差がある。業務は煩雑になり、システムの改修を迫られる事業所も少なくない。生活支援を掲げた政策が中小企業にしわ寄せを及ぼすようでは、理に合わない。
 物価高対策は本来、打撃が大きい低所得者に限定すべきだった。だがネットで拡散した増税イメージを払拭(ふっしょく)しようと、首相が一律の減税にこだわったと言われる。高所得者も対象となるため、「貯蓄に回されるケースも多く、景気刺激効果は乏しい」と指摘される。
 財政への影響も心配だ。減税総額は3兆円超に上り、借金漬けを一段と深刻化させる。将来世代へのツケを重くするものだ。
 多くの問題を抱えているにもかかわらず、首相はひたすら効果を言い立てる。これでは政権に対する国民の不信を高めるばかりだ。
 
封建制度の下で、武士が所領を保障されるかわりに…(2024年5月25日『毎日新聞』-「余録」)
 
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所得税・住民税減税の実施など経済対策を盛り込んだ施政方針演説を衆院本会議で行う岸田文雄首相(手前左端)=国会内で2024年1月30日午後1時24分、竹内幹撮影
 
 封建制度の下で、武士が所領を保障されるかわりに軍役などを提供する「ご恩と奉公」の主従関係が確立したのは、鎌倉時代とされる。1221年の承久の乱の際、北条政子が夫、源頼朝の恩を説き、御家人に結束を促した演説が代表的だ
▲これはどんな思惑だろうか。6月から実施される所得税など1人あたり4万円の定額減税を巡る話だ。減税額を給与明細に明記するよう、政府が企業などに義務づけていたことが物議をかもしている。同様の措置は過去の減税の際にもあったという。だが、対応する企業などの事務負担は少なくない
岸田文雄首相の説明を聞いて驚いた。「給与や賞与の支払時に減税の恩恵を国民に実感」してもらうためという。単なる前例踏襲ではなく、意図的な判断だ。ちなみに「恩恵」は、「めぐみ。なさけ」(広辞苑)の意。他者から与えるいつくしみのニュアンスが漂う
▲定額減税は物価高騰に直面する国民への支援策として、導入が決まった。当初は簡便で支給が早い給付金とする案もあったが、減税形式にこだわったのは首相だった
▲国民に恩を売るように減税を捉えているのであれば、期待する「奉公」は選挙での与党への投票だろうか。野党から「露骨な選挙対策」との批判が出るのも無理はない
▲それにしても、政治資金規制改革を巡る資金源や使い道の明記・公表への自民党の消極姿勢とは何と対照的なことか。恩着せがましい給与明細を見ても、首相に「ご恩」を感じる国民はきっと少ないはずである。