「国の指示権」拡大法案 疑問置き去りの衆院通過(2024年5月31日『毎日新聞』-「社説」)

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衆院本会議で地方自治法改正案が賛成多数で可決し、起立する松本剛明総務相=国会内で2024年5月30日、平田明浩撮影
 疑問の解明は進まず、懸念は残されたままだ。なぜ成立を急ごうとするのか理解に苦しむ。
 緊急事態に備え、国から自治体への指示権を拡大する条項を盛り込んだ地方自治法改正案が衆院を通過した。国と地方の関係を「対等」から「上下」に逆戻りさせるおそれのある法案である。
 改正案は「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」が発生した際に閣議決定を経て、政府が関係する自治体に必要な措置を指示できるようにする。既存の法律で自治体に指示できる規定がないことを発動の条件としている。
 「重大な事態」というあいまいな表現では、時の政権が指示権を恣意(しい)的に運用しかねない。具体的にどのようなケースが想定されているかも明らかでない。
 国会での説明が注目された。だが、政府は「今後、想定できない事態が生じた場合に備えるものだ」と繰り返し、対象となるケースの例示もしなかった。
 確かに新型コロナウイルス感染症対策を巡っては、自治体との調整が混乱した。ただしその後、法改正で指示に関する規定が拡充された。大規模災害に関しても、すでに規定はある。
 日本が武力攻撃を受けるなどの有事が「重大な事態」に該当するかについて、政府は「想定していない」と説明した。さらに「現時点で具体的に(重大事態と)想定し得るものはない」と答弁した。必要性を説明できないような法案をなぜ、整備するのか。
 採決にあたり与党などは、指示権の行使後、国会への報告を政府に義務づける修正を施した。対象となる自治体との事前協議を求める付帯決議も行ったが、義務づけられていない。これでは歯止めが掛かったとは言えない。
 自治体からは、法案に対して地方の自主性への十分な配慮を求める声明などが出ている。制定後、仮に国が指示権を行使しなくても、地方側が「指示待ち」状態となり危機管理の初動対応が遅れる懸念も指摘されている。
 危うさをはらむにもかかわらず、法案は審議入りから20日余りで衆院を通過した。ことは国と地方の基本原則に関わる。参院は審議を徹底することで、立法府としての責任を果たすべきだ。