「自治体は改正を求めてない」地方自治法改正案に首長ら危機感 国の指示権は範囲が曖昧、歯止めなし(2024年5月24日『東京新聞』)

 国会で審議中の地方自治法改正案には、非常時に国が自治体に対して「必要な措置」を指示できる権限が盛り込まれ、野党や識者、首長らから懸念が相次いで示されている。法的義務を自治体に負わせるのに指示の対象範囲は曖昧。指示のスピード感を優先したとの理由で権限行使への歯止めとなる仕組みも乏しく、国による恣意(しい)的な運用に大きな余地を残しているからだ。(我那覇圭、山口哲人)
◆あまりにも曖昧な「その他の事態」
 「特定の事態の類型を念頭に置いているものではない」。松本剛明総務相は23日の衆院総務委員会で、国が自治体に指示する具体的な事態を問われ、こう説明した。栃木県知事を務めた経験もある立憲民主党福田昭夫氏は「(指示権行使の)事態を想定していないということは、立法事実がないということだ」と批判した。
 同法改正案では、政府は「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」が起きる恐れがあったり、実際に起きた場合、閣議決定のみで指示権が発動できるようにする。大規模災害や感染症のまん延に加え、「その他の事態」も盛り込まれた。
 幅広い解釈を許す書きぶりについて、国は「『想定外』の事態に備えられるようにするため」とするが、国の判断次第で範囲が広まる恐れも否定できない。国民民主党西岡秀子氏も総務委で「自然災害と感染症以外の事態があまりにも曖昧だ」と苦言を呈した。
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◆指示権発動に、立法府は蚊帳の外でいいのか
 指示の前に国が自治体から意見を聞いたり、資料の提出を求めたりする規定はあるが、あくまでも努力義務。現場の実情を十分にくみ取れない恐れがあり、事前協議を義務化するよう求める意見が出ている。
 また、指示権を発動する手続きで、立法府は蚊帳の外だ。改正案には国会の事前・事後の承認や、国会への報告の規定が設けられていない。政府側は、指示権を行使する度に国会への承認や報告を義務付けることは「機動性に欠ける」(松本氏)としていた。
 国の判断が妥当かを検証する方法が限られている状態は、与党からも不十分だとの声がある。自民、公明両党は23日、日本維新の会とともに、指示権を発動した閣僚に国会への事後報告を義務付ける修正案を衆院に提出した。
◆保坂世田谷区長「国がいつも正しいわけではない」
 この日、参院議員会館では同法改正案の廃案を求める集会が開かれた。東京都世田谷区の保坂展人区長は、コロナの流行初期、国がPCR検査の拡充に消極的だったため、区が積極的に検査した事例を紹介し、自治体の判断を飛び越えて国に強い権限を持たせる危険性を指摘。「国がいつも正しいわけではない」と訴えた。
 
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地方自治法改正案の廃案を訴える集会で発言する世田谷区の保坂展人区長。左手前は杉並区の岸本聡子区長=23日、東京・永田町の参院議員会館
 集会には約200人が参加し、杉並区の岸本聡子区長のほか、立民と共産、社民各党の国会議員らも足を運んだ。神奈川県真鶴町から駆け付けた小林伸行町長は語気を強めた。「自治体は改正を求めていない。国が指示してくれなんて一切思っていない」
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◆「コロナ対応のまずさは国の権限が弱かったため」が根底に
 国会で審議が続く地方自治法改正案。なぜこのタイミングで出されたのか、どんな内容なのか。(山口哲人)
 Q 改正の背景は。
 A 首相の諮問機関である地方制度調査会(地制調)が昨年12月、「ポストコロナの経済社会に対応する地方制度の在り方」という答申を岸田文雄首相に提出しました。この答申は、国が自治体に指示できるようにする規定を地方自治法に盛り込むことを求めています。これを受け、今年3月に政府が同法改正案を閣議決定して国会に提出、5月7日に衆院本会議で審議入りしました。
 Q 答申の内容は。
 A 新型コロナウイルスの集団感染で横浜港に足止めとなった客船や、その後全国で起こった病床逼迫(ひっぱく)、飲食店などの休業や時短要請を巡り、国と自治体で調整が難航したり意見が食い違ったりした事例を列挙。「関係法が想定しない事態に対し十分に対応していなかった」と結論付けています。コロナ対応がうまくいかなかったのは国の権限が弱かったためとの考えがあると言えます。解決策として強い法的拘束力を持つ指示権を国に持たせるよう明記しました。
 Q 指示を法律に定めているケースは。
 A 災害対策基本法感染症法など特定分野に関する個別の法律では、既に指示権が認められていますが、適用対象が広い地方自治法では初めてです。
 Q 政府は法案をどう説明しているか。
 A 「災害や感染症のまん延など国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」に、国は「国民の生命保護に必要な対策の実施」を指示します。自治体の危機管理能力や財政力などの格差によって非常時の対応にもばらつきが生じる恐れがあるため、国の指示によって、地域ごとの対応に大きな違いが出ないようになると考える識者もいます。
 Q 国が適切な指示を出せるのか。
 A 住民に最も近い市区町村を飛び越える形で、緊急時にそれぞれの地域の住民の命や暮らしを守る最善の指示を国が出せるのかを疑問視する首長は多くいます。
 
自治体の能力を過小評価、国の対話否定の表れ」地方自治法改正案、岸本聡子杉並区長はこう見る(2024年5月24日『東京新聞』)
 
<揺らぐ地方自治~改正案を問う>
 政府は地方自治体に対する国の指示権を拡大する地方自治法改正案を提出し、通常国会での成立を目指している。地方分権一括法で国と地方の関係が「対等」とされてから四半世紀足らず。各地の首長などから「上意下達に逆戻りする」などと懸念の声が上がる。この法案をどう見るか。地方自治地域主権に取り組む人たちに聞いた。初回は東京都杉並区の岸本聡子区長。(聞き手・関口克己)=随時掲載します
 岸本聡子(きしもと・さとこ) 1974年、東京都生まれ。オランダに拠点を置く政策シンクタンクNGOトランスナショナル研究所」の研究員などを経て、2022年の杉並区長選で初当選。地域主権主義に根差した政治や行政を目指す首長や議員らでつくる「ローカル・イニシアティブ・ネットワーク」(LIN-Net)世話人
自治体が指示待ちマインドになる弊害の方が大きい
 自治体を預かる区長として法案をどう見るか。
 「災害や感染症のまん延時に重要なことは、自治体同士が連携し、住民の命と財産を守るために主体的に取り組むこと。いきなり国が自治体に直接指示を出すやり方は解決策にはならないし、分権と地域主権を深く傷つける恐れがある」
 
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インタビューに答える杉並区の岸本聡子区長
 —国の指示権拡大は必要と思うか。
 「新型コロナのような未曽有の感染症を経験して課題が浮き彫りになったのだから、感染症法など直接関係する法律を見直せばよい。地方自治法に国の指示権を新設して『想定できないこと』に自動的に対応できるようになれば、自治体は思考停止に陥る」
 —コロナ禍でも国の判断が常に正しいとは限らないことが分かった。
 「コロナの流行初期、私は海外在住だったが、国がPCR検査の拡充をためらっていたことに驚いた。一方で、国の要請がなくても独自に検査拡充に乗り出した自治体もあった。正しい答えを見つけることが困難な中、国も自治体も民間企業も一生懸命模索した。地方自治法を改正しなくても自治体は動く。むしろ、自治体が指示待ちのマインドになる弊害の方が大きい」
◆審議が拙速すぎて危機感が首長に伝わっていない
 —指示権を広げる国の意図をどうとらえているか。
 「自治体の能力を過小評価し、国の権限を強化したいのだろう。国策を有無を言わさずに地方に押し付け、対話で解決策を探るプロセスを否定する国の姿勢が法案に表れている」
 —有事に国に求められる本来の役割とは。
 
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インタビューに答える杉並区の岸本聡子区長=東京都杉並区で(平野皓士朗撮影)
 「過去の経験から学び次の対策を想定し、準備すること。自治体の体力や気力、能力、財政を含めてサポートしてほしい。国と自治体が迅速に協力できる信頼関係の構築こそ必要だが、法改正されれば自治の精神をなえさせてしまう」
 —世話人を務める「ローカル・イニシアティブ・ネットワーク」は法案反対を表明。これとは別に、杉並区を中心に災害時の相互援助協定を結ぶ9区市町村でつくる「自治スクラム支援会議」も声明を出した。
 「国は指示を出す前に自治体と十分な協議や調整を行い、現場の実情を踏まえた措置とするなどの『配慮』を求めた。災害時の連携のために平時から関係をつくってきた9首長で取り組めた意義は大きい」
 —法案に対する他の首長や自治体の反応は。
 「自主自律的な存在である自治体にとって根源的な問いであるにもかかわらず、審議が拙速すぎて危機感が十分に首長に伝わっていない。地方分権一括法で、国と地方の関係は対等・協力になった。同時期に、公務員数が大きく減らされる一方、国からおりてくる事務は膨大で、自治体職員は疲弊している。今こそ、自治体の主体性が問われる」
 地方自治法 地方公共団体の組織や運営に関する事項を法律で定めるとする憲法92条に基づく法律。国と地方の役割分担や住民の権利・義務、条例、議会などについて規定する。2000年施行の地方分権一括法で、国と地方の関係は「対等」と位置付けられた。現在、国会審議中の改正案は「対等」の原則は維持する一方、大規模災害や感染症のまん延など「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」と政府が認定すれば、個別法に規定がなくても政府が必要な対策を自治体に指示できると定めた。
 

「分権と地域主権」に逆行する地方自治法「改正案」に対する声明
 
 「政治への信頼」は地に堕ちる中、「地方自治」を蹂躙する危険な「地方自治法改正案」が国会に提出されました。5月7日には、衆議院本会議で趣旨説明が予定され、その後に総務委員会で審議され、今国会での成立が図られようとしています。
 地方自治法改正案は「大規模災害」や「感染症のまん延」などの「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生し、または発生する恐れがある場合」の「特例」として、閣議決定もって国が地方自治体に対して「補充的な指示」を行うことができるとしています。しかし、災害、感染症まん延などには、個別法による国の関与も十分可能で、「補充的指示」の必要
な立法事実は見当たりません。
 2000年の地方分権一括法によって、これまでの国と自治体の関係は、「上下・主従」から「対等・協力」に変わりました。しかし、昨年12月、国の恣意的な解釈をもって沖縄県の権限を剥奪した「代執行」の強権発動に見られるように、地方分権を解体し分権改革を逆流させて、国と地方自治体の関係を「上下・主従」に置き換えようという動きが強まっています。
 今回の地方自治法「改正」は、こうした動きに重なるものです。
 ローカルイニシアティブネットワークは、「地域主権とコモンの再生」の実現に向け、自治体が主体的な政策実現力を発揮して、ゆるやかな連合を形成して、住民の健康と安全を守る取組みを進めていく立場です。今回の地方自治法改正案は、前提となるべき立法事実を欠くだけでなく、私たちが何よりも大切にしている分権と地域主権を深く傷つける恐れがあり、拙速な審議により成立することに重大な危惧を覚え、反対するものです。
 私たちは議論と関心を高めるため、5月7日に国会内でシンポジウム「徹底検証!これでいいのか地方自治法改正案」を開催し、地域、自治体から「異議あり」の声をあげ、世論を高めるため活動します。
 2024年4月20日
ローカルイニシアティブネットワーク (LIN-Net)