幸福度1位フィンランドで出生率低下なぜ? 背景を聞く(2024年5月19日『日本経済新聞』)

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フィンランドのトゥルク大学マリカ・ヤロバーラ(Marika Jalovaara) 教授インタビュー
2007年にヘルシンキ大で博士号取得。2014〜23年フィンランド人口学会会長。
 
フィンランド出生率が急降下している。国連などの世界幸福度ランキングで1位の国であり、手厚い子育て支援や男女平等の取り組みで知られる。子どもを産み育てやすいはずの国でなぜ子が生まれにくくなっているのか。同国のトゥルク大学のマリカ・ヤロバーラ教授(人口学)に背景を聞いた。
 
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――フィンランド合計特殊出生率(ひとりの女性が生涯に産む子どもの数の推計)が2023年に1.26(速報値)と過去最低になりました。日本と同じ水準です。
「多くの変化が同時に起こっている。気候変動やインフレ、戦争などによる不確実性は、確かなデータはないが、若年層に影響を及ぼしているのかもしれない。出生率が1.87あった2010年から18年までの低下分の75%は初産の減少によるものだ。つまり、子どもを持たない人が増えている。そしてほとんどすべての年齢層で出生率が低下している。都市部、地方に関係なく少子化が進んでいる」
少子化は低学歴の人の間で起きていると考えられてきた。だが、私たちのチームが最近発表した論考では、35歳時点で子どもがいない高学歴の人が非常に増えていることを指摘した。児童手当を拡充しても、少子化は緩和しないだろう。単純な解決策がないことを理解すべきだ」
――フィンランドは2004〜12年は出生率1.8台を維持していました。
「北欧諸国は1970年代から2010年までの間、他の欧州の国々に比べて出生率が高いままだった。背景のひとつに男女平等の取り組みがある。保育所育児休業などの仕事と家庭の両立を促す環境整備により出生率低下はおさえられた。すでに女性の就業率が高く、今はその伸びしろはないが、仕事と家庭生活を融和させることは今も重要なポイントだ」
――フィンランド首相官邸府が2021年に出した人口政策のガイドラインは、出生率1.8を長期的な目標と記しました。日本でもすべての人の結婚や出産の望みがかなった場合に実現される「希望出生率1.8」という指標があります。
「理想的な子どもの数を調査すると、フィンランドも平均2人程度となる。人々の願いがかなって1.8程度の出生率が実現するならそれは理想的だ」
「一方で出産はとても個人的なことでもある。子どもがほしくない人、ほしいのに妊娠が難しい人もいる。出産を先延ばしにして手遅れになる人も多く、子どもを持たない人の事情は多様だ。私が講演でこうした話題に触れると『そう言ってくれてありがとう』と声をかけられる。子どもを持ちたい人の希望がかなうように社会がサポートすると同時に、ほしくない人の価値観を尊重する姿勢も大事にしたい」
「ここ2年でさらに出生率が低下する状況になった。政府は現在、人口政策に関する報告書をつくろうとしている。子どもがいる家庭の幸福度や収入、仕事と私生活の調和を調査する。不本意ながら子どもがいない人の状況も対象だ。少子化の問題を真剣に受けとめている、というシグナルだと思う」
――出生率1.8は実現可能でしょうか。
「またその水準に戻ったらとても驚くだろう。私の認識と違う結果になったらうれしいのだが。出生率1.3未満は脱少子化が困難になる『超少子化』と呼ばれる領域だ。フィンランドではある時点で出生率は回復するかもしれないが、少子化にまつわる問題がなくなるわけではない。この現実にどのように適応するかがより重要になってくる」
(聞き手は天野由輝子)