夜間休日往診サービス、撤退・縮小相次ぐ 診療報酬減で(2024年6月30日『日本経済新聞』)

 
 
医師と看護師による救急往診の様子=ファストドクター提供
夜間や休日の往診サービスを手掛ける医療スタートアップの事業の撤退・縮小が相次いでいる。2024年度の診療報酬改定で往診報酬が大幅減額され、6月から適用されたためだ。新型コロナウイルス下で事業を急成長させてきたが、痛手は大きい。一方、サービスの中核を担ってきた新興勢の事業縮小で、利用者や地域医療に影響が及ぶ可能性もある。

「診療報酬改定に伴う市場の変化を見据えて往診を終了する」。МIXIが出資するコールドクター(東京・渋谷)はこう公表し、3月末で往診サービスから撤退した。関東や関西、九州などの11都道府県で展開してきたが、見切りを付けた。4月以降はオンライン診療や医療相談に特化している。

ノーススター(東京・中央)も5月までに、運営する「キッズドクター」の往診サービスを終了した。6月以降はオンライン診療やチャットによる健康相談に特化した。

往診は急な体調不良などを起こした患者の元に医師が出向くサービスだ。新興勢は患者と医師を仲介し、手数料収入などを得ている。自宅療養者が急増した新型コロナ下に参入が相次いだ。往診まで手が回らない医療機関や医師会、自治体などから業務委託を受けてアプリなどで往診医を手配し、夜間や休日に発症した患者の需要を取り込んだ。

夜間・休日は往診料が加算されるため診療報酬が高い。例えば、最も報酬が高い午後10時以降の「深夜往診加算」では、通常の往診料7200円に2万3000円が加算されるケースもあった。加算金額は医療機関の診療体制などによって異なる。

こうした背景から稼げるビジネスとして参入が相次いだ面もある。22年に夜間や休日などの往診として加算された診療報酬の数は前年比2割増に近い6万8385回に上った。

コロナ下では新興勢の往診サービスは自宅療養する患者の対応で救急現場の負担軽減につながった側面もある。だが今回の診療報酬改定を巡っては「普段訪問診療をあまりしていないのに夜間・休日の往診だけ突出して多い医療機関がある」との指摘があり、新興企業が仲介する往診サービスが過剰診療につながっている疑念が生じた。高額な診療報酬は新興勢の収入増加にも直結していた。

こうした指摘を受け、定期的に訪問診療をしていない患者への夜間・休日の往診の診療報酬が大幅に減額された。「深夜往診加算」は従来の2万3000円から8割以上安い4850円に減る場合もある。軽症なのに安易に往診を利用するケースの増加も問題視されていたという。

サービスの採算が急激に悪化するなか、事業縮小や料金引き上げでサービス継続を模索する動きもある。

家来るドクター(愛知県北名古屋市)は6月から愛知、神奈川、千葉、大阪の一部で往診エリアを縮小した。往診料金は6月から一律3000円引き上げた。

最大手のファストドクター(東京・渋谷)は往診サービスの成人の自己負担額を従来の2〜3割高となる約2000〜3000円、子どもで平均約3000円それぞれ引き上げた。

同社は足元で約3800人の登録医師を抱え、全国11都道府県をカバーする。菊池亮社長は「当社は患者に相談を受けてからトリアージ(緊急度判定)をして往診の必要性を判断する。往診に至るのは3割程度で、むしろ不要な往診の抑制に貢献している」と説明する。

そのうえで菊池社長は「今回の改定で往診サービスが縮小すると救急医療の負担増加につながる可能性がある。働き方改革の妨げにもなるのでは」と指摘する。

6月以降、新興勢の事業撤退・縮小に伴う利用者や医療現場への影響はまだ目立っていないようだ。ただ、各社の往診サービスを頼りにしてきた自治体などもある。

ファストドクターはこれまで医療機関約400施設や東京都や千葉県など50以上の自治体と連携してきた。東京都瑞穂町は23年から大型連休や年末年始における救急対応をファストドクターに依頼している。町内の医療機関や医師の数が少なく高齢化も進んでいるため、夜間・休日の救急対応が課題になっているという。

自治体は今後、診療報酬の改定で普段訪問診療を受けていない患者の料金負担が増えた新興企業との往診を公共サービスとして活用すべきかの見直しを迫られそうだ。往診体制が縮小されれば、医療機関の診療体制が手薄になる大型連休や感染症の多い冬などでの影響が懸念される。

東京都医師会理事の西田伸一医師は「今回の診療報酬改定は不要な往診を減らすことが目的だった。一方で、在宅医療の充実には夜間・休日の往診サービスに特化した事業者も必要だ」と話す。医療財源の最適化と救急医療のニーズのバランスをどう取るのかが課題となる。

(西山良太)