韓国「消滅危機」の街で何が起きている? 衝撃の「出生率0.72」 日本の先を行く超少子化社会の現場で(2024年2月29日『東京新聞』)

 【ソウル=上野実輝彦】韓国政府は28日、女性1人が生涯に産む子どもの推定人数を示す「合計特殊出生率」が2023年は過去最低の0.72だったと発表した。世界最低水準だった22年の0.78からさらに低下し、8年連続で前年を下回った。生まれた子どもの数も、前年比7.7%減の約23万人で過去最少。8年間でほぼ半減し、日本と同様、少子化に歯止めがかかっていない。
 合計特殊出生率が1を下回っているのは、経済協力開発機構OECD)加盟国中で韓国のみ。低水準にある日本の1.26(22年)より低かった。
 厚生労働省は27日、日本の出生数(23年)が75万8631人と過去最少を更新したと発表したが、韓国の少子化は日本をしのぐペースで進んでいる。
 合計特殊出生率を地域別にみると、首都ソウルが最も低い0.55で、前年から0.04ポイント下がった。行政機関の多くがソウルから移転し多数の公務員が暮らす世宗(セジョン)市は前年比0.15ポイント減の0.97で、全羅南道(チョルラナムド)と並んで最も高かったが、1を上回る地域はなかった。
 韓国政府は今年もさらに出生率が下がり、0.7を割り込むと推計している。
 韓国では06年から5年ごとに、大統領直轄の対策委員会が少子化対策の基本計画を策定。21年までに計約280兆ウォン(31兆円)を投入し、出産支援や結婚の促進などに力を入れてきたが、効果を上げていない。
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◆「イン・ソウル」から人生が始まるという考え

 韓国で2023年の合計特殊出生率が0.72と過去最低を更新した。急激な人口減少の背景には、大都市への一極集中に伴う地方の過疎化や社会進出を阻まれた女性の生きづらさなど、日本と共通の課題がある。「消滅危機」で日本の先を行く地方の現場を歩いた。
23日午後、河東郡中心部の商店街。客足は少なく、路上で山菜などを売る高齢者の姿もあった(上野実輝彦撮影)

23日午後、河東郡中心部の商店街。客足は少なく、路上で山菜などを売る高齢者の姿もあった(上野実輝彦撮影)

 「地元で公務員になっていなければ、子の教育や就職のため都会に移っていたかもしれない」。韓国南部の河東(ハドン)郡庁で人口政策を担当する金貞銀(キムジョンウン)さん(45)は、個人の見解と断った上でそう打ち明けた。
 名門大や大企業を志向する人が圧倒的多数の韓国。全てがそろう首都ソウルに住む「イン・ソウル」から人生が始まるとの考えが今も根強く、地方は人材流出を止められないでいる。地方過疎を研究する大田(テジョン)大の金鍾法(キムジョンボプ)准教授は、人口減少や社会縮小の主要因がソウル一極集中だとみる。
 河東も人口約4万人の4割を65歳以上が占め、高齢者に対する20〜39歳の女性の比率は2割以下。22年の出生率は0.87にとどまる。競争激化で結婚や出産が遠のくソウルの出生率は0.55とさらに低く、若者が大都市に転出し、子を持たずに地元に戻らないまま地域が疲弊する悪循環が断ち切れない。
 かつて「イン・ソウル」を果たしてゲーム開発者になった後、23歳で地元の河東に戻り農産品のブランド化や流通を担う会社を立ち上げた李康熙(イガンヒ)さん(27)は「同級生の大多数は高校までに河東を離れ、残って就職したのは4分の1。公務員か、親の事業を継ぐくらいしかない」と故郷の現状を憂える。

◆全国の4分1の市区郡「消滅の危機」

 日本では14年、「消滅可能性都市」の試算が発表され、国民に衝撃を与えた。
 韓国産業研究院は22年、人口構成比に経済状況などを加味して独自に算出した「地方消滅指数」を公表。21年基準で全国228の市区郡の4分の1が「消滅の危機がある」と判断した。河東など地方に加え、釜山(プサン)や蔚山(ウルサン)の一部も含まれるなど、過疎問題は中規模都市まで迫りつつある。
 河東郡は現在、定年退職後の郡出身者のUターン誘致に力を入れる。人口減少緩和に一定の効果はあるものの、高齢者が増えるだけでは根本的な過疎対策に至っているとはいえない。
 李さんによると、かつて隣接自治体は河東に向け「若者の住みやすい街」との横断幕を掲げてアピールしていた。「少ない人口を田舎同士で奪い合っても意味がない。行政の枠を超えた協力の方が重要だ」と疑問を投げかける。

◆「地方」に女性が抱く不安とは

 地方衰退の要因に、女性の生きづらさや不安を指摘する声も多い。河東出身で李さんと一緒に会社を起こした権炅珉(クォンギョンミン)さん(25)も「(男は仕事、女は家事と育児といった)女性の役割に対する差別的な固定観念が根強く、狭い社会では性被害に遭っても女性が守られない可能性が高い」と語る。
 金准教授は、行政による従来の過疎対策が現金支援や住宅供給、1次産業振興に偏っていることから「過度な競争で疲弊した若者らの望む、新しい人生を提供できる仕組みが重要だ」と指摘。「自治体や企業、住民らが一致して男女が同等に活動できる環境を整えなければ、少子化や過疎化は止められない」と提言する。(河東で、上野実輝彦)

 消滅可能性都市 有識者らでつくる民間の「日本創成会議」が2014年、地方から大都市への人口流出により全国の896自治体で40年に20、30代の女性が半分以下に減ると試算。出産年齢の中心世代に当たり、座長を務めた増田寛也総務相はこうした自治体について「将来消滅する可能性がある」と指摘した。会議は東京一極集中の是正や、出生率を上げるための対策が急務と強調。ただ、その後10年たっても合計特殊出生率の低下は止まらず、増田氏は今年1月、当時の試算見直しに言及した。