選挙演説の「妨害」 有権者の権利守る対応を(2024年5月12日『毎日新聞』-「社説」)

選挙の街頭演説は、候補者の主張を直接聞くことができる大切な場だ。妨げる行為があれば、有権者の権利が損なわれる。
 先月の衆院東京15区補欠選挙政治団体「つばさの党」の候補者や陣営の行動が、物議を醸した。
 告示日に演説していた無所属候補に対し、近くからマイクを使ってヤジを飛ばしたり、選挙カーのクラクションを鳴らしたりする行為を続けた。演説はかき消され、耳を塞いで立ち去る聴衆もいた。
 立憲民主党日本維新の会の候補らにも同じような言動をしていた。移動中に車などで追いかけ回すこともあった。その様子を撮影した動画を、ネット交流サービス(SNS)に投稿していた。
 各陣営は、街頭演説の回数を減らしたり、事前告知を控えたりする対応を迫られた。
 選挙運動の萎縮を招き、有権者も演説を聞く貴重な機会を奪われた。選挙の自由や公正さが脅かされかねない事態である。
 公職選挙法には「選挙の自由妨害罪」が規定されている。集会や演説を妨害した場合、4年以下の懲役か禁錮、または100万円以下の罰金を科すと定める。
 最高裁判例では、「聴衆が聞き取ることを不可能または困難ならしめるような所為」が演説妨害に当たると判断されている。
 警視庁は、告示日の行為は公選法違反の疑いがあるとして、つばさの党側に警告を出した。にもかかわらず、同様の言動は続いた。
 国会でも取り上げられた。維新は、選挙の自由妨害罪に該当する行為を具体的に例示したうえで、法定刑を引き上げる公選法改正案を発表した。
 ただ、規制が行き過ぎれば、選挙運動や言論の自由が制約される懸念がある。
 街頭演説を巡っては5年前、安倍晋三首相(当時)にヤジを飛ばした聴衆が、北海道警の警察官に排除された。裁判所は、表現の自由を侵害したとして、道側に賠償を命じる判決を出している。
 選挙は民主政治の基盤である。候補者が政策を戦わせ、有権者が見定めて投票することが、あるべき姿だ。どのようにすれば、現行法でそのための環境を守ることができるのか。慎重な議論が求められる。