江東区で記者が目撃した「選挙妨害騒ぎ」の阿鼻叫喚 江戸情緒残る下町は地獄絵図と化していた(2024年5月6日『東洋経済オンライン』)

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選挙妨害ととらえられる行為が問題視されたつばさの党の候補者。現場では、警察が出動する事態となっていた(記者撮影)
 選挙カーで他候補者を追いかけ回す。他候補者が演説する最中に電話ボックスによじ登り、声を被せるようにマイクで大声を出す――。
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 4月28日に投開票が行われた3つの衆議院議員補欠選挙。このうち、東京都江東区を選挙区とする「東京15区」の選挙は、公職選挙法違反(買収など)をめぐる柿沢未途・前法務副大臣の辞職に伴って実施された。
 自民党が候補者を擁立せず、9人の候補者が乱立して繰り広げられた激しい戦いの裏側では、ある陣営による、冒頭のような「妨害行為」も注目を集めた。
 「命の危険を感じるような場面もあった。これまでに経験したことがない選挙妨害が発生している」。候補者の乙武洋匡氏を支援した東京都の小池百合子知事は、そう憤りをあらわにした。補選の投票が終了した直後の4月28日夜には、政治団体「つばさの党」(黒川敦彦代表)から出馬した根本良輔氏や黒川氏らが、他候補者の街頭演説を妨害した公選法違反の疑いがあるとして、警視庁から警告を受けていたことが報じられた。
 記者は選挙期間中、江東区に住む1人の有権者として、この選挙妨害ともとらえられる活動の一場面に遭遇していた。現場でいったい何が起きていたのか。
■昔ながらの下町に響いたアナウンス
 江戸時代の埋め立てで誕生し、隅田川につながるいくつもの水路に囲まれた門前町に起源を持つ江東区の深川・門前仲町。現在も富岡八幡宮深川不動堂といった寺社仏閣を擁しており、昔ながらの居酒屋が軒を連ね、縁日には出店が並ぶ。東京を代表する下町の1つだ。
 今回の選挙期間中、唯一の日曜日となった4月21日午後。この街の大通り沿いにある商店街を記者が歩いていると、拡声器で大声を上げながら、街を巡回する老人男性とすれ違った。
 「選挙妨害を許してはなりません!」。そんなアナウンスを繰り返している。
 いぶかしげに思いながら先を進むと、商店街の一角に設けられた、政治団体「日本保守党」(百田尚樹代表)の候補者・飯山陽氏の事務所前に大勢の人々が集まっていた。そばには飯山氏の選挙カーが停車し、一時的に遊説先から事務所に戻ってきているようだった。
 昨秋結成された日本保守党は、X(旧ツイッター)で自民党立憲民主党を上回るフォロワー数を抱えていることが話題になっている。どんな演説や選挙活動を行っているのか。有権者として興味が湧いてきたところで、車道から突如、大音量が響き渡った。
「ヘイヘイヘイ、ヘーイ♪ 日本保守党はカルト、日本保守党暴力ふるう 日本保守党を駆逐してやるー」
 拡声器でラップ調の歌をとどろかせながら急に現れた1台の街宣車が、飯山氏の選挙カーにピッタリと横付けして止まった。
 車に目が釘付けになっていると、いつの間にか先ほどすれ違った高齢男性がそばに立ち、「選挙妨害するな!  馬鹿野郎!」と叫びながら、街宣車に接近していった。すると車から、撮影用のスマホを手にしたオレンジのシャツを着た男性が降りてきた。
 直後、高齢男性に少し触れたように見えたオレンジシャツの男性が、「イタッ」と大声を上げて倒れ込み、顔をゆがめてのたうち回った。「暴行されました!  暴行されました!」。
 聴衆がオレンジシャツの男性につかみかかり、男性が「犯罪者!  犯罪者!」と飛び跳ねながら大声で連呼する。「皆さん110番してください」「選挙妨害だよ、この野郎!」と怒鳴り声が響く。普段は落ち着いた下町の商店街は、一気に地獄絵図と化していた。
■「来い」と言われたから来た
 突然目の前で起きた事態から我に返り、事務所に目を移すと、つばさの党の代表である黒川氏が、小さな太鼓を打ち鳴らし、事務所入り口に向かう姿が目に入った。その横には、不敵な笑みを浮かべた若い男性が「日本を壊した安倍晋三を崇拝する政治音痴w」「ハマスをつくったのはイスラエル」と書かれたボードのようなものを掲げている。
 「根本りょうすけ」と刻印されたタスキを身につけたこの男性は、補選の候補者の1人、根本氏本人だった。
 根本氏らは事務所前に立つ日本保守党陣営とみられる男性に詰め寄り、何かを大声で主張しているように見えた。マイクを手にした根本氏は「みなさんねえ、なんで俺らがここにいるかというと、(日本保守党代表の)百田に『来い』って言われたからなんすよ」と話す。
 記者が後で日本保守党の配信動画を確認すると、飯山氏がつばさの党とみられる陣営から妨害に遭ったことで、同情票が投じられたとのエピソードを紹介し、百田氏が「また来てくれ」などと冗談めかして述べていた。根本氏はこの発言を聞き、押しかけたという。
「邪魔だ」「うるせえよ」――。聴衆からは多くの怒号が飛び交うようになり、どこからともなく、「帰れ」という叫び声が上がった。その声は一気に膨らみ、大合唱になった。
 「帰れ」の大コールを前に、一瞬聞こえなくなった根本氏の声が再び響き渡った。「はい、日本保守党から逮捕者が出てしまいました。コイツ、私人逮捕しまーす。俺にタックルして殴ってきました」。
 その瞬間を記者は見ていなかったが、聴衆の1人が根本氏に手を出したようだった。中年くらいの男性が、体を押さえようとする黒川氏らともみ合っていた。この男性が実際に、日本保守党の支援者であったかどうかはわからない。
 「暴力でしか訴えることのできない境界知能のバカどもの信者。これが日本保守党の正体でございまーす。江東区民の皆さん、よーく見てください」と、勝ち誇ったような根本氏の声が響き渡る。
 聴衆から抗議の声が上がると、根本氏は挑発を重ねた。「お前も私人逮捕だからな、クソオヤジ。こっちこいよ、てめえ。もっと罪重ねてごらん。牢屋ぶち込んでやるよ」「IQ80以下の境界知能が。おめえらみてえなバカが日本の政治をダメにしてんだよ。もっと勉強しろ、おめえらよぉ!」。暴言は続く。
■「なぜ取り締まらない」警察に訴える飯山陣営
 しばらく時間が経つと、サイレン音が響き渡り、5台のパトカーが駆けつけた。現れた警察官たちが事情を尋ねる。黒川氏らに取り押さえられていた男性が最終的にどうなったか、記者は確認できなかった。
 「これがありなんだったら、何でもありじゃないですか。やったもん勝ち!」「なんで取り締まらないの! これだけ警察がいるのに!」。飯山氏陣営の男性が、駆けつけた警官らに必死の形相で訴える姿が目に入る。警官側は、静かに耳を傾けているだけだった。
 子どもが泣き叫ぶ声が聞こえ、現場が騒然となる中、ついに日本保守党陣営が聴衆に呼びかけた。「人が集まっていたら連中の思うツボですので、すみやかに解散してください」。呼びかけに応じるかたちで、集まっていた聴衆たちは三三五五と少しずつ散らばっていった。
 「じゃ、帰りまーす」。聴衆が引き上げたからか、つばさの党陣営も街宣車に乗り込み、去っていった。その後、事務所脇には路傍を塞ぐように重厚な機動隊のバスが停車した。
 記者の傍らにいた地元民とみられる男性がつぶやいた。「ずっと、この繰り返し。全然話が聞けねえよ。いい加減にしてほしい」。
 記者が目撃した、約50分にわたる突然の他陣営への乱入。今回は飯山氏が演説中などではなかったため、直接的な「選挙妨害」には当たらないかもしれない。ただ、陣営が大混乱し、予定していた選挙活動に支障が出た可能性は高いだろう。
 飯山氏の事務所にはこんな貼り紙もあった。「今のところ決まった場所、時間での公開街宣はありません」。乱入行為を恐れて候補者が自身の活動をアピールできなかったのであれば、純粋に候補者の主張を聞きたいと思う有権者の機会が奪われたともいえる。
 「妨害」は、候補者の体調にも影響した。日本保守党は、飯山氏が選挙期間中に不眠や耳鳴りに悩まされるようになり、専門医から「加療が必要」と判断されたと明らかにしている。
 投開票の結果、根本氏の得票数は1110票(投票数の0.6%)にとどまり、候補者9人の中では最下位だった。
 その一方、根本氏は自身のXで、「この腐敗し切った政治を変えるには、やはりこの方法を継続するしかない」と投稿し、今後も同様の選挙活動を行うと表明。「今の日本人はこの状況でもまだ平和ボケしてるので票に表れていませんが、継続して目立ち続けることで必ず票につながるようになると確信しています」と発信した。
公選法の見直しに向けた議論も? 
 次期衆院選の前哨戦として、全国的に注目度が高かった今回の選挙では、多くの著名人が立候補し、東京都の小池知事や大阪府の吉村洋文知事といった有名政治家が何度も現地入りした。社会的知名度が低いつばさの党は、大勢の有権者が集まってくる他陣営に乗り込み、自分自身が目立つことによって、聴衆に存在をアピールすることが主目的だったのかもしれない。
 ただ、実質的に有権者が候補者の演説に耳を傾ける機会を奪う手法に対する批判は大きい。 今回「選挙妨害」として問題視された行為について、選挙制度を所管する総務省松本剛明大臣は「公選法上の選挙の自由妨害罪、刑法上の暴行罪などの処罰の対象となりうる」と指摘。岸田文雄首相も「何らかの対策が必要ではないか。選挙制度の根幹に関わる事柄として、各党・各会派で議論すべき課題だ」と述べた。
 今後も同様の状況が続けば、公選法の見直しによる規制強化に向けた機運が高まる可能性は高い。
 前議員の公選法違反に端を発して行われた、今回の東京15区の補欠選挙では、さらにタガが外れ、江東区は何でもありの「無法地帯」と化した。
 悪名は無名に勝る――。こうした歪んだ民主主義の一側面が、一気に表出したように感じた12日間の選挙戦だった。
 
茶山 瞭 :東洋経済 記者