東京15区で注目を浴びた選挙「妨害」 果たして、公職選挙法改正で取り締まるべきなのか(2024年5月6日)
近年はSNSで選挙にまつわる出来事がバズることが増えているが、残念ながら投票率の下落傾向は止まらない。2024年東京15区衆議院議員補欠選挙の投票率は40.70%で、2003年に現在の江東区からなる選挙区となって以降で最低を記録した。長らく選挙の取材を続けているライターの小川裕夫氏が、SNSでも注目を集めた選挙“妨害”について考察する。
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2024年4月28日に投開票された衆議院議員補欠選挙は、東京15区・島根1区・長崎3区すべてで立憲民主党の候補が当選を果たした。
永田町・霞が関を15年以上も取材する筆者にとって、今回の3補選はどれも興味深い戦いだったが、その中でも特に東京15区は見どころ満載の選挙だった。 東京15区には、届出順に「福永活也(福永かつや)」「乙武洋匡(乙武ひろただ)」「吉川里奈(吉川りな)」「秋元司(あきもと司)」「金澤結衣(金澤ゆい)」「根本良輔(根本りょうすけ)」「酒井菜摘(酒井なつみ)」「飯山陽(飯山あかり)」「須藤元気」(※カッコ内は届出名)の9名が立候補。
福永候補は告示日に立候補の届出を済ませた後、エベレスト登頂のために日本を出国。投開票日までに帰国せず、実質的に選挙活動はしていない。
そのため、筆者は福永候補の街頭演説を取材することは叶わなかったが、残り8名の街頭演説を取材している。今回の選挙戦はすでに結果は出ており、多くの政治評論家やジャーナリストから多角的な分析がなされている。
選挙結果の分析やその後の動向などは他者に譲るとして、本稿では東京15区で起きて話題となっていた街頭演説への“突撃”、有り体に言えば競合陣営への選挙“妨害”について考察していきたい。
選挙“妨害”を断定できない難しさ
今回、つばさの党から立候補した根本良輔候補は自身の選挙活動と並行しながら、つばさの党の党首である黒川敦彦氏とともに他陣営の街頭演説や選挙事務所に乗り込み、耳を塞ぎたくなるような大音量を流して他陣営の批判を繰り返した。 根本候補のスピーカーから流れる音があまりにも大きかったため、演説を聞きに集まったギャラリーに候補者の声は届かず、候補者はスピーカーの音量を大きくして対抗した。
根本候補も張り合うように音量を上げたため、街頭演説の場は大音量が響き渡る騒音地帯と化した。
こうした根本候補の突撃によって、まともな選挙活動ができないと判断した候補者たちは、通常はあらかじめ時間と場所を告知していた街頭演説の予定を非公表とする対策を取る。こうして東京15区は、候補者のHPやSNSを見ても街頭演説の予定が告知されないという、ステルス選挙になった。
選挙は民主主義を支える根幹であり、それを妨害する行為は現代社会において許されない。しかし、法的に根本候補およびつばさの党の突撃を制止することはできず、最終的に警告にとどまっている。
こうした事態を受け、4月22日の国会審議では岸田文雄首相が一般論と断りながらも、「選挙演説を大音量で妨害するなどの行為には対策が必要」と述べ、翌4月23日には松本剛明総務大臣が定例会見で処罰の可能性について言及。そのほか、各政党の幹部からも公職選挙法を改正するような趣旨の発言が相次いだ。
筆者の経験に照らしてみると、これまでの選挙でも他陣営を“妨害”する行為は大なり小なりあった。妨害と表現しているが、各陣営は巧妙に公職選挙法スレスレで、それを選挙“妨害”と簡単に断定できない。
例えば、2019年の参議院議員選挙では安倍晋三元首相の応援演説に対して2人のギャラリーが野次を飛ばし、周囲で警戒していた警察官に排除された。この件は訴訟にもなり、「野次は“表現の自由”の範囲内」と判決が下されている。
こうした野次と、拡声器を使った大音量による突撃を同列に論じることはできない。どこまでが大音量の範囲になるのかは個々の感性によるところが大きく、簡単に線引きはできないからだ。
また、街頭演説において大音量での応援は許されている。それに対して大音量での批判はNGとなると、応援と批判の線引きもしなければならなくなる。
ほかの候補者が街頭演説をしている横で、街頭演説をする行為そのものが選挙戦の邪魔をしているという解釈もできるが、それだと延々と同じ場所で街頭演説をする候補者も出てきてしまう。実際、街頭演説開始の5~6時間前から場所取りをしている陣営もある。こうなると、スタッフを多く抱える陣営が有利になる。
また、街頭演説の場所がバッティングしてしまうこともある。今回の東京15区補選でも最終日となる4月27日の豊洲駅界隈は多くの陣営が街頭演説をするために、各陣営のスタッフが場所取りに奔走していた。
日本維新の会は最終日に共同代表の吉村洋文大阪府知事を応援弁士として投入。しかし、その演説中に日本保守党の選挙カーが現れ、代表を務める百田尚樹さんが大音量でスピーチを始めた。先に演説をしていた日本維新の会のスタッフは、こうした日本保守党の行為に対して抗議。日本維新の会側から見れば日本保守党の行為は選挙演説を妨害していると映るだろう。
逆に日本保守党の立場から見れば、「いつまでも演説をしていないで、早く場所を譲ってほしい。ダラダラと演説するのは、日本保守党に演説をさせないための妨害だ」という思いを抱くだろう。こうした両党の思惑がぶつかり合って現場では小競り合いが起きた。選挙で、そうした陣営間の小競り合いは珍しくない。
日本維新の会と日本保守党の小競り合いが起きる1時間前には、同じ場所で乙武洋匡候補が街頭演説をし、小池百合子東京都知事が応援弁士としてマイクを握っている。
今回の補選で多発した“突撃”とは無関係に、そもそも東京都知事には身辺を警護するSPが張り付く。しかし、今回は“突撃”に備えて大量の警察官とSPが投入され、周囲の道路も封鎖された。また、警察犬まで投入して道路脇の植栽などに爆発物などの危険物が仕込まれていないかをチェックしていた。
言うまでもなく2022年の参院選で安倍晋三元首相が街頭演説中に凶弾に倒れた後、街頭演説の警戒は厳重になっている。しかし、同年の参院選最終日に銀座で小池都知事がファーストの会から擁立した候補者の応援演説に立っているが、このときでさえ、そこまで厳重な警戒はされなかった。今回の東京15区は、明らかに異様な選挙戦になっていた。
ちなみに、大阪府知事も東京都知事と同様に警護対象になる要職だが、警察が吉村府知事を警護することはなく、同じ日に豊洲で実施された街頭演説では日本維新の会が独自に警護スタッフを立たせて身辺の警戒にあたっていた。
公職選挙法改正を候補者が訴えることへの違和感
異常事態ともいえる選挙戦になったことで、乙武候補は「公職選挙法を改正して、こうした妨害行為をできないようにしよう」という新しい公約を追加。それを街頭演説でも訴えている。
思うように選挙活動ができなかった乙武候補の忸怩たる心情は理解するが、だからといって、これは政治家(もしくは政治家を目指す立候補者)側が口にしていい公約ではない。
突撃が選挙という民主主義を脅かす行為なら、公職選挙法を改正して強権的にギャラリーの行動を制限することも民主主義を脅かすことにつながるからだ。
実際、乙武候補以外にも突撃された候補者は多いが、その候補者たちも根本候補の“突撃”を迷惑と感じつつも「公職選挙法を改正しよう」という公約を掲げていない。そもそも街頭演説をしていると、たまたま通りがかった人が大きな声を出して候補者を罵倒することは珍しくない。
公職選挙法の改正は、そうした通りがかりの人を罰することができるようになる危険性を含んでいる。スピーカーを使った大音量と地声の罵倒は異なるが、公職選挙法の改正がそれらを厳格に区別してくれる保証はない。
東京15区補選に立候補した秋元司候補は、乙武候補と同時刻に約100メートル離れた場所で街頭演説をしていたが、厳重な警戒体制のために満足に演説をできなかった。そのため、自身のXに「権力を使った選挙妨害」と乙武陣営に批判なポストをしている。小池都知事を応援弁士に呼ぶ行為も、立場が変わることで選挙“妨害”に受け取られるのだ。
東京15区の補選で改めてクローズアップされた選挙“妨害”は古くて新しい問題で、これまでにも繰り返し議論されてきた。そんな選挙“妨害”が改めて話題を集めることになったのは、SNSや動画共有サイトという選挙を可視化するツールが普及したことに起因している。
民主主義の根幹でもある選挙を突撃からどうやって守るのか。永田町では次期衆院選の話題も熱を帯びてきたが、その問いに対する最適解すら探せていない。
結局のところ、有権者側から「選挙演説をキチンと聞きたいから、“突撃”をできなくするように公職選挙法を改正しよう」という声が自発的に出るのを待つしかない。しかし、低投票率あったことから考えても、そうした声が出ることは望みが薄いと言わざるを得ない。
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