選挙の妨害 言論の自由をはき違えるな(2024年5月10日『読売新聞』-「社説」)

 言論の自由や選挙の自由は、憲法で保障された大切な国民の権利だ。だからといって、これを 濫らん 用よう して 誹謗ひぼう 中傷や 恫喝どうかつ まがいの言動を繰り返すことは許されない。
 先月行われた衆院東京15区の補欠選挙で、政治団体「つばさの党」の候補者とその陣営がとった行動が波紋を広げている。
 他候補の街頭演説に出向き、拡声器を使って「クズ」「売国奴」などと大声を出し、演説を遮った。他候補の事務所前に押しかけ、大音量を流したこともあった。
 また、つばさの党は一連の行動を動画投稿サイトに配信した。過激な行動をアピールすることで注目を集めようとしたのだろう。
 被害を受けた立憲民主党日本維新の会などの陣営は、演説日程の事前告知をやめたり、回数を減らしたりせざるを得なかった。
 街頭演説は、候補者が自らの主張を訴え、有権者はそれを直接聞くことができる貴重な場だ。その機会が奪われれば、公正な選挙は保てなくなり、民主主義の根幹が揺らぎかねない。
 つばさの党は「他陣営に質問に行っただけだ。法で認められている表現の自由や選挙の自由だ」と主張している。今後、東京都知事選などに候補者を擁立し、今回と同様の活動を続けるという。
 憲法12条は、国民の自由と権利は「国民の不断の努力」によって保持すべきことを訴え、同時に「国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」と定めている。
 つばさの党は、表現の自由や選挙の自由が無制限に保障されている、とはき違えていると言わざるを得ない。公共の福祉に反する言動は、厳に慎むべきだ。
 警視庁は選挙中、陣営に対し、演説の妨害を禁じた公職選挙法の「選挙の自由妨害罪」に当たる可能性があるとして警告を出した。ただ、摘発は見送っている。
 街頭演説中のトラブルを巡っては、2019年参院選で、当時の安倍首相にヤジを飛ばした男女2人を、北海道警が排除したことの是非が裁判で問われている。
 1審、控訴審ともに、一部の警察官の行動は表現の自由を侵害した、と認定した。こうした司法判断が選挙妨害の取り締まりを 萎い 縮しゅく させている可能性はないのか。
 選挙の自由妨害罪はどのようなケースに適用すべきか。与野党は具体的な要件を明示し、また現行法で対応しきれないのなら、法改正も検討する必要がある。