「怖がらなすぎたり…(2024年5月8日『毎日新聞』-「余録」)

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コロナの5類移行から1年。井上尚弥選手らの世界戦を見ようと東京ドームに集まった多くのボクシングファン=2024年5月6日午後3時4分、藤井達也撮影
 
 「怖がらなすぎたり、怖がりすぎたりするのはやさしいが、正常に怖がることはなかなかむつかしい」。米歴史学者、アルフレッド・クロスビーは著書「史上最悪のインフルエンザ 忘れられたパンデミック」で物理学者、寺田寅彦の随筆を引用した
▲死亡率2、3%のスペインかぜと発症すれば死に至る狂犬病。感染率は前者が圧倒的に高いが、後者を怖いと感じる人が多い。クロスビーは数千万人の命を奪った1世紀前の感染症が忘れられた背景にそんな認識のズレがあったと指摘した
世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言を終了し、日本も5類に移行して1年。米ギャラップ社の調査によると「脅威が誇張されていた」という主張への賛否で世界が分断されているという
▲日本など先進国では支持が少ないが、世界平均では誇張論の支持者の方が多い。公式発表で700万人が死亡した疫禍にもかかわらず、正しく怖がるのは容易でない
▲コロナ禍は生活様式も変えた。テレワークやネット映像配信、SNSの普及が加速する一方で人間関係は希薄に。孤独感が増した人も少なくない。陰謀論が広がりやすいのかもしれない
▲5類移行後初の大型連休。ボクシングの井上尚弥選手の防衛戦に集まった大観衆には変化を感じたが、自宅、近場で過ごした人も多いと聞く。感染が続き、後遺症に悩む人もいるのでは「アフターコロナ」とは言い切れない。コロナ禍の脅威を総合的に評価するにはまだ時間がかかる。