感染症と日本社会 危機に対応できる体制に(2024年5月8日『毎日新聞』-「社説」)

キャプチャ
新型コロナの「まん延防止等重点措置」が適用されていた時のJR東京駅前。ほぼ全員がマスクを着用していた=東京都千代田区で2022年1月21日午前8時25分、手塚耕一郎撮影
 
 新型コロナウイルスは消えたわけではない。見えにくくなっただけだ。
 
キャプチャ2
新型コロナ対策で保健所の応援業務に当たる職員。入院調整などの作業が膨大になり、普段は調理などに使われる部屋で仕事をしていた=東京都葛飾区の「健康プラザかつしか」で2022年2月9日、西夏生撮影
 
 新型コロナの感染症法上の位置付けが季節性インフルエンザと同じ5類に移行し、さまざまな行動制限がなくなって1年になる。医療は段階的に通常体制に戻り、大型連休中は各地が行楽客でにぎわった。
 コロナ前の日常が戻ってきたように見える。だが、感染は収まっていない。
 全国約5000カ所の医療機関からの報告によると、昨夏に第9波、今冬に第10波と位置付けられる流行があった。5類移行前の8回の流行と比べると、オミクロン株が猛威を振るった2022~23年の第7波、8波に次ぐ規模とみられる。
 昨年5月以降の死亡者は、国の集計が出ている11月までで約1万6000人に上る。これは東京オリンピックが無観客で開かれた21年の年間死者数とほぼ同じだ。
現在進行形のコロナ禍
 ウイルスの変異や、ワクチンと治療薬の普及によって、重症化する人の割合は減った。それでも高齢者の致死率はインフルエンザよりも依然高い。無症状でも人にうつす厄介な性質も変わらない。
 しかし、感染状況は十分に伝わっていない。インフルエンザの場合は、医療機関の患者報告が一定数を超えると自治体が注意報や警報を出す。新型コロナにはこうした仕組みができていないからだ。
 後遺症の深刻さも明らかになってきた。感染者の1~2割に、だるさ、頭痛、味覚や嗅覚の障害などが残ると、国内外で報告されている。学校や職場に行けなくなる人もいる。働き盛りの女性に多いとの研究結果もある。
 ウイルスの大きな変異や別の感染症の出現によるパンデミック(世界的大流行)は、いつ起きてもおかしくない。日本社会は次への備えができているのだろうか。
 コロナ流行時、保健所は感染者の健康観察や入院調整などに忙殺された。病床数は他国と比べて多いにもかかわらず、医療が逼迫(ひっぱく)して患者が入院できないケースが相次いだ。自宅療養中に命を落とす人もいた。
 現場が機能不全に陥る混乱は、09年の新型インフルエンザ流行時にも起きた。流行の局面に応じて対策をすぐに切り替えられないという日本の医療システムの弱点は、コロナ禍でも露呈した。
 教訓を踏まえて政府がこの1年、力を入れたのが、感染症対策の司令塔機能と情報収集体制の強化だった。
 昨年9月、国の対策を一元的に所管する内閣感染症危機管理統括庁が始動した。来春には米国の疾病対策センターCDC)をモデルにした国立の新組織が発足する。研究所と病院の機能を併せ持ち、科学的知見を政府に助言する。
 意思決定を迅速にし、国や自治体の権限も明確にしておこうという狙いだ。対策を円滑に進めるため、政府の行動計画の改定も進んでいる。
教訓生かした戦略必要
 だが、実効性を持たせるには、現場の体制整備が欠かせない。
 人口が減る中、保健所や医療機関の大幅拡充は難しい。限られた人材や施設を最大限に活用する方策を考えねばならない。
 デジタル化で手続きを効率化することで、保健所の業務はある程度軽減される。地域の診療所が「かかりつけ医」として検査や初期診療を担うようになれば、医療の逼迫は緩和できる。自治体と医療関係者の間で、必要な病床数確保の手順を決めておくことも有効だ。感染症対策や危機管理の専門家の育成も急がれる。
 医療、介護、福祉などエッセンシャルワークの多くを女性が担っている実態も、コロナ禍は浮き彫りにした。育児や家事の負担が女性に偏る現状を是正しておかなければ、感染者急増時の人手不足に拍車がかかる。
 ワクチンや治療薬を巡る戦略も練り直す必要がある。供給確保には国内メーカーに対する支援だけでなく、研究開発をリードする海外メーカーとの協力関係構築も不可欠だ。医薬品が速やかに世界に行き渡る国際連携の枠組み作りも、海外支援に実績のある日本が主導してほしい。
 グローバル化により、感染症の脅威は高まっている。危機に柔軟に対応できる社会をどう作っていくのか。今から議論を深める必要がある。