戦略的互恵関係 誤解を招く「言葉遊び」だ(2024年4月24日『産経新聞』-「主張」)

 
日米比首脳会談に臨む(左から)フィリピンのマルコス大統領、バイデン米大統領、岸田首相=4月11日、ワシントンのホワイトハウス(AP=共同)

 日中両政府は、両国が「戦略的互恵関係」を包括的に推進することで一致している。

だが、これほど今の両国関係の実態とかけ離れた言葉はない。これをうのみにして厳しい国際情勢への直視を怠り、軍事的、経済安全保障的に日本にとっての脅威、懸念である中国との付き合い方を誤る国民や企業が出てくることを恐れる。

 岸田文雄政権は「戦略的互恵関係」という、時代にそぐわない言葉をもてあそぶのは、いい加減にやめたらどうか。

 訪米した岸田首相はバイデン米大統領との間で、対中抑止力を向上させる防衛協力で合意した。日米とフィリピンの3カ国首脳会談では東・南シナ海で日比を圧迫する中国を念頭に安保協力強化で一致した。首相は米議会演説で中国について、日本だけでなく国際社会の平和と安定にとって「最大の戦略的な挑戦」だと指摘した。

 一方、首相の帰国直後の16日の閣議に報告された令和6年版外交青書は、昨年11月の日中首脳会談で再確認した「戦略的互恵関係」の包括的推進を明記した。外交青書での記載復活は5年ぶりだ。首相は19日の国会で同趣旨の答弁を行った。

 「戦略的互恵関係」は懸案も含め対話を重ね、協力すべき点は協力するとの内容だ。もともと第1次政権時の安倍晋三首相が平成18年の訪中で打ち出した概念だ。次の福田康夫政権下でこれを包括的に推進するとした日中共同声明が出たが関係悪化に伴い30年には姿を消した。

 なるべく波風を立てたくない日本の外交当局と、経済減速や対米関係悪化を背景に日本との軋轢(あつれき)を減らしたい中国の外交当局の思惑が一致して復活したのか。日中の対話や協力は追求すべきだが、「戦略的互恵関係」という言葉で飾れるような間柄ではもはやあるまい。

 中国は尖閣諸島を奪おうとし、邦人を不当に拘束し、東京電力福島第1原発の処理水海洋放出に非科学的批判を浴びせ、日本産水産物の輸入を禁止している。首相はしばしば「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」と語っている。これは、台湾侵攻が日本有事につながる恐れがあるからだ。

 「戦略的互恵関係」で糊塗(こと)すれば国民の油断を招き、中国に「日本与(くみ)しやすし」と思わせる。国益を損なうのである。