深まる日米の一体化 安全と安定に資するのか(2024年4月14日『信濃毎日新聞』-「社説」)  誇らしい気分だっ

 誇らしい気分だったか。
 首相として9年ぶりに国賓待遇で訪米した岸田文雄首相が、バイデン米大統領と車の後部座席に並び、満面の笑みを浮かべている。
 首相が9日(日本時間10日)にX(旧ツイッター)に投稿した写真だ。大統領夫妻との夕食会に向かう際の大統領専用車「ビースト」。外国の要人が同乗するのは「特別サービス」とされる。
 首脳会談後の11日には連邦議会の上下両院合同会議で演説。誇示したのは、ここ数年の「実績」だ。「日米同盟を一層強固なものにするために、先頭に立って取り組んできた」と胸を張った。
 今回の首脳会談では、自衛隊在日米軍の一体化をさらに進めることに合意した。日米の同盟が新たな段階に入り、専門家は会談を「歴史的」とも評する。
 米軍が果たしてきた「矛」の役割の一部を日本が担い、米軍は自国の負担減につながる。米国の歓待はある意味、当然だろう。
■強まる軍拡の波
 安倍晋三政権が安全保障関連法を施行してから8年が経過した。
 米国などが攻撃を受け、日本の存立が脅かされる「存立危機事態」での集団的自衛権の行使を可能にした。「専守防衛」の枠を超え、憲法9条の下、抑制的な姿勢を取ってきた戦後日本の防衛政策の大転換だった。
 岸田政権はさらに枠を踏み越えた。追い風にしたのが、中国の軍事力増強と、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻だ。
 ロシアの「国際秩序の根幹を揺るがす一方的な現状変更の試み」(岸田首相)。各国の危機感は高まり、侵攻後に欧州各国が軒並み国防費を増額した。
 岸田政権も防衛費を現在の国内総生産(GDP)比約1%から2%に増やす目標を設定。国民の議論を欠いたまま、5年で総額約43兆円に増やす方針に行き着いた。
 22年12月には国家安全保障戦略など安保関連の新3文書を閣議決定し、敵基地攻撃能力の保有を明記した。「わが国への侵攻を抑止する鍵」と位置づけ、国民には「ミサイル攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限の自衛の措置」との強弁を続ける。
 米国製巡航ミサイル「トマホーク」の導入を決め、「防衛装備移転三原則」も改定して殺傷兵器の輸出まで解禁した。
 他国に脅威を与えず、攻撃兵器は持たないとする専守防衛の原則を覆している。不安定な国際情勢が理由にされ、戦後日本が築いてきた平和主義は見る影もないほど色を失い、軍拡の波が押し寄せつつある。
 これらの岸田首相の「実績」が、国民への十分な説明もなく、国会の議決もされないまま、閣議決定だけで積み重ねられてきたことを見過ごしてはならない。
■中国の強い反発
 一方で際だっているのが、中国への対抗姿勢である。
 岸田首相は米上下両院の演説で中国の対外的な姿勢や軍事動向が「国際社会全体の平和と安定にとって、最大の戦略的な挑戦をもたらしている」と主張した。
 首脳会談では、半導体サプライチェーン(供給網)構築など、経済分野での連携を強化することも打ち出した。中国に依存しない体制をつくるためだ。
 米英豪の安全保障の枠組みAUKUS(オーカス)は、極超音速兵器などの共同開発で日本との協力を検討していくことを発表している。日本と連携して、中国に対抗していく狙いがある。
 中国は一連の動きに対し、「日本の軍事動向にアジアの隣国や国際社会は懸念を抱いている」などと反発を強めている。
 日中を取り巻く状況は厳しい。中国は沖縄県尖閣諸島周辺に繰り返し侵入し、ロシア軍との訓練と称して威嚇を続ける。日本が台湾関係の平和と安定の重要性に言及すれば、中国は「内政干渉」と反発する。東京電力福島第1原発の処理水の海洋放出でも、日本と対立したままだ。
 岸田首相と中国の習近平国家主席が昨年11月の会談で再確認していた「戦略的互恵関係」の構築は、一向に進まない。
 日中関係の発展が両国の利益に合致するとの認識で、政治や経済両面で協力して、地域や世界規模の課題解決に取り組む―と定義づけられる関係である。
■最大の貿易相手
 日本にとって中国は最大の貿易相手国であり、貿易額は年間総額で40兆円を超える。安定的な関係が何より求められるはずだ。
 岸田首相は就任以降、習主席と2回しか会談していない。対話を欠いたまま、中国を最大の競争相手と位置づける米国を安全保障面で追従していては、中国との感情的な対立をあおり、戦略的互恵関係の実現など望むべくもない。
 国内景気が減速する中国も、日中関係の再構築で経済の立て直しにつなげる姿勢は維持している。日本の安全と地域の安定に必要なのは、独自の多面外交の構想であり、対話の積み重ねである。