謝罪もせず「研究させろ」とは何事か アイヌ民族と研究者の初対話から考えた「知りたい欲求」が持つ暴力性(2024年4月22日『東京新聞』)

 
 アイヌ民族の文化やDN 12時00分Aの研究に関し、先住民族としての権利や尊厳を定めた研究倫理指針の最終案が公表された。日本人類学会などが作成し、盗掘や遺族の同意を得ていない遺骨の利用を禁じることなどを明記したが、植民地主義に根差した過去の不正義に対する「謝罪」はない。「研究ありき」の姿勢も維持したままで世界の潮流からは程遠い内容だ。日本の研究者たちが掲げてきた「学問の自由」の暴力性について考えた。(木原育子)
 13日、指針の最終案が公表された札幌市内の集会。アイヌ民族の木村二三夫さん(75)=北海道平取町=の野太い声が会場に響いた。「アイヌ民族の自己決定権が保障されずに、研究倫理指針が策定されるとすれば大問題だ」
 道アイヌ協会に属していない大多数のアイヌ民族と、案をまとめた研究者が一堂に会する対話は初めて。遺骨返還運動をしてきた木村さんが呼びかけた。
 
木村さん(左)の呼びかけで集まった研究者たちを前に、アイヌ民族らから率直な意見が飛び交った初めての対話集会=札幌市内で

木村さん(左)の呼びかけで集まった研究者たちを前に、アイヌ民族らから率直な意見が飛び交った初めての対話集会=札幌市内で

 集会の名は「アイヌネノアンアイヌ」。「人である人」「人間らしい人間」という意味だ。これまでの人権意識を欠く研究姿勢を見直し、「人間らしい学問のあり方」を、との願いがある。会場には90人近いアイヌ民族らが訪れ、4時間近く膝詰めの議論が繰り広げられた。
 口火を切ったのは樺太アイヌ(エンチウ)の子孫らでつくる「エンチウ遺族会」会長の田沢守さん(69)。「なぜアイヌ民族だけ研究され続けるのか。研究者が研究する権利を保障されているなら、私たちも研究されない権利がある」

◆お墓から遺骨を盗むのは研究ではなく犯罪だ

 多くのアイヌ民族には、祖先の遺骨を持ち出したことに謝罪もなく、指針が策定されることへの憤りがある。
 千島列島の得撫島(ウルップトウ)生まれのアイヌ工芸家、成田得平さん(80)は「お墓から遺骨を盗むのは研究ではなく犯罪だ。研究者はアイヌ民族をまた、まな板にのっけようとする」と声を張り、アイヌ民族の権利保障を求め続けてきた石井ポンペさん(78)もアイヌ民族の死生観を語り「まずはアイヌ民族の今ある遺骨を土に返したい」と語った。
 指針案は過去の経緯を「謝罪」はしないが「反省」はし、アイヌ民族の意思を尊重する旨は記すが、インフォームドコンセント(十分な説明と同意)は通り一遍だ。1868年より前の遺骨は研究利用できる余地があるなど、研究禁止事項の例外規定も多く残す。
 浦河町アイヌ民族、八重樫志仁(ゆきひと)さん(61)は「研究が前提になっている。和解もしていないのに『研究させろ』とは何事か」と憤り、白老町アイヌ民族、八幡巴絵さん(40)も「研究対象ではなく、アイヌ民族をパートナーの位置付けに」と提案した。

◆沖縄も同様、今なお根強い「植民地主義

 先住民族の遺骨は19世紀以降、頭骨の計測で人種の違いを探る人類学が盛んになり、人種に優劣をつける植民地政策の下、研究者に大量収集された。アイヌ民族は欧州とのつながりを指摘した学説で注目され、遺骨が国内外に散逸した。
 国際社会では2007年に、先住民族が遺骨返還を求める権利を記した「先住民族の権利に関する国連宣言」を採択し、日本も批准。ただ日本の返還の動きは鈍く、アイヌ民族以外も含めて返還訴訟が相次いだ。
 琉球人遺骨の返還を求める市民団体「ニライ・カナイぬ会」共同代表の仲村涼子さん(45)も集会に参加。指針案は研究する側、される側の立場が前提にあるとして「これこそ植民地主義だ」と訴えた。「遺骨返還のプロセスも国が判断し、決定権がアイヌにない。遺骨の問題はヤマトに責任がある。ヤマトが起こした問題はヤマトゥンチュが解決するべきだ」

◆単独でアイヌ民族に謝罪した学会も

 指針案をまとめたのは、日本人類学会と日本考古学協会、日本文化人類学会、道アイヌ協会の4学協会。集会では、ひな壇に並んだ学術界側の苦し紛れととれる言葉も散見された。
 日本考古学協会副会長で、東京大の佐藤宏之名誉教授は「ご不満な点はあると思うが、非常に丁寧に議論してきた」と反論。東北大総合学術博物館の藤沢敦教授も「アイヌ民族の参画は大前提だ」と繰り返した。
 ただ、学術界といっても意見は一枚岩ではない。日本文化人類学会は今月1日付で、単独でアイヌ民族に謝罪を表明した。
 同学会で京都大の松田素二名誉教授は「植民地統治時代にさまざまな不正義が行われたが、その出発点が何も問われていない。議論がないことは一番の問題で、修正しなければならない」とし、九州大の太田好信名誉教授も「このような案になり、じくじたる思いがある」と歩み寄った。

◆「先住民族の許可なく研究できない」のが国際的な常識

 一方、人骨のDNA分析などを手がける日本人類学会の所属で東京大の近藤修准教授は「純粋な研究としてやったことを否定できない。許されないなら、私はここを立ち去るしかない」と意見を展開。明治期に墓地を掘り返すなどして多くの遺骨を収集した東京帝国大医科大(現東大医学部)の小金井良精(よしきよ)について「アイヌ研究の最も基盤となった礎だ」と主張すると、アイヌ民族から怒声が飛び、日本文化人類学会側も反論した。
 立場の違いが鮮明になり、指針さえ定まらぬ様相だが、「知りたい」という学問的欲求と相対する人間の尊厳を、海外ではどう捉えているか。
 「カナダでは博物館協会が1999年に倫理指針を作り、遺骨の返還方針を盛り込んだ。現在では先住民族の遺骨の所持自体が倫理的に問題だとして、先住民族と研究者が和解をし、パートナーシップを結んだ上で研究しようとしている」。そう説明するのはカナダの先住民研究に詳しい鹿児島純心大の広瀬健一郎教授。「先住民族の許可が得られない研究は、どんなに人類に必要な研究でも実施できないのは国際的な常識」。カナダだけでなく、先住民族のコミュニティーから許可を得ていない遺骨を用いた研究は一切認めない国際ジャーナルは増えている。
 オーストラリアは84年、関係者の同意がない研究は禁止する法案が成立。米国も90年に法整備しており、日本との差は開くばかりだ。

◆「学問の自由」=「無制限のアクセス」ではない

 日本人類学会に所属する米モンタナ大の瀬口典子客員教授(生物人類学)は「北米では先住民族のコミュニティーメンバーから出された提案をもとに共同研究を進め、『協働研究』と位置付けている。学者の一方的な研究より、はるかに豊かな成果を伴っている」と指摘。「日本人類学会はアイヌ民族から完全に信頼を失っている。対話を通じて良好な関係を築かなければならない。社会とのつながりを拒絶する学会に未来はないのだから」と訴える。
 米人類学会は昨年12月、遺骨研究の倫理的あり方に関する報告書で「学問の自由は『無制限のアクセス』と同義ではない」と位置付けたが、4学協会の指針案は「研究行為は、学問の自由の下に行われるものである」と掲げ続ける。
 先住民族復権運動を担ってきた室蘭工業大の丸山博名誉教授は「自己正当化が垣間見え、依然植民地主義的だ」と指摘し、「日本の研究者は社会的使命に基づき、真実と和解に向け、国際的、学際的研究に取り組むべきだ」と続ける。
 今後、先住民族の研究はどうあるべきか。「先住民族が自分たちに関するデータの利用方法の意思決定者になる『データ主権』を踏まえて、自由で事前の十分な情報に基づく同意を研究のあらゆる段階で得ることが求められる」とし、「日本の先住民族も世界の先住民族と連帯し、学問の不正義を止めるために研究倫理の遵守(じゅんしゅ)を徹底する努力をしてほしい」と説く。

◆デスクメモ

 沖縄の風葬墓を訪れたことがある。森の闇の奥に小さな骨が見え、この墓に何度も足をかけ採集し尽くしたという旧帝大の研究者の姿を想像し、ぞっとした。遺骨は「骨神(ふにしん)」とあがめられる。民族の尊厳を踏み付けながら謝罪もなく「学問の自由」をうたうなど虫が良すぎる。(恭)