アイヌ民族の遺骨の無断利用を禁止 研究倫理ガイドライン案を公表 過去の盗掘の「謝罪」盛り込まず(2024年4月19日『東京新聞』)

 アイヌ民族の研究をめぐり、日本人類学会などが先住民族の権利尊重に基づく研究倫理指針の最終案を公表した。盗掘や遺族の同意を得ていない遺骨の利用を禁じることなどを明記。人権意識を欠く研究姿勢を見直す取り組みだが、最終案には過去の経緯についての「謝罪」などは盛り込まれず、アイヌ民族側からは修正を求める声も相次いでいる。
 
 アイヌ民族と遺骨問題 先住民族が遺骨返還を求める権利を記した「先住民族の権利に関する国連宣言」が2007年に採択され、日本も批准。19年にアイヌ民族を初めて日本の先住民族と明記したアイヌ施策推進法が成立した。国の13~19年の調査では、12大学と18博物館などに計1800体以上の遺骨が保管されていた。現在、国のガイドラインに従い返還や慰霊施設への集約が進められている。
 
◆遺体や副葬品を墓地から掘り起こし大学・博物館へ
 
キャプチャ
アイヌ民族をめぐる研究倫理指針の最終案を説明する研究者ら=13日、札幌市内で(木原育子撮影)
 
 遺骨は1880年代から1970年代にかけて、研究者らによって墓地から掘り起こすなどして収集され、東京大学東京国立博物館など全国の研究機関で保管・研究されてきた。近年、地域への返還や慰霊施設への集約が促されている。
 倫理指針は国の要請を受け、2015年から日本人類学会と日本考古学協会北海道アイヌ協会の3者で議論を始めた。その後、日本文化人類学会が加わり、19年12月にパブリックコメントを実施。内部で意見集約し、4団体の連名で最終案をまとめ、今月13日に札幌市内の集会で公表した。
 
◆「今後は積極的に対話の場を」
 
キャプチャ2
 
 最終案には、明治期以降の遺体や副葬品、盗掘や遺族の同意を得ていない収集資料の利用を禁じるほか、アイヌ民族を含む倫理審査委員会の設置を義務付けたが、明治が始まった1868年より前の遺骨は研究利用できる余地を残した。
 過去の研究については「アイヌから見て適切とは言えない取り扱いが少なからず見られた」ことを「反省」したが、「謝罪」には踏み込まなかった。日本文化人類学会は今月1日付でアイヌ民族に謝罪を表明した。
 13日の集会では最終案に対し「謝罪がなく『研究ありき』の姿勢は変わらない」と道アイヌ協会以外のアイヌ民族側が反発。「研究するされる関係ではなく、共同研究者の位置付けに」など見直しを求める意見が続出した。指針策定に関わる北海道大アイヌ・先住民研究センターの加藤博文教授は「対話の場を今後は積極的に持てるようにしたい」とした。(木原育子)
 
アイヌ民族研究に関する日本文化人類学会・学会声明
 
日本文化人類学会(旧称:日本民族学会)は、文化人類学研究者の過去の営為を検証し、また研究のありうべき未来を展望するために、1989年6月、「アイヌ研究に関する日本民族学会研究倫理委員会の見解」(別添:以下「89年見解」)を社会に向けて表明しました。
近代の学知として19世紀に確立した文化人類学は、遅くとも20世紀中葉にいたるまで、同時代の人種主義、帝国主義植民地主義と密接な関わりをもってきました。こうした趨勢のもと、1869 年「北海道」制定以降のアイヌ民族研究においても、当事者であるアイヌ民族の方々の主体的な意志や社会への要請を研究に反映させる姿勢や、研究成果を文化の当事者と共有する姿勢を研究者が長きに及び著しく欠いてきた過去への深い反省に基づき、「89 年見解」は表明されました。加えて「89 年見解」は、研究の未来に向けても、アイヌ民族との十分な意思疎通をふまえた研究や、アイヌ民族出身の研究者育成、日本社会における偏見や差別を是正する学校教育・社会教育の促進の必要性などにも言及するものでした。
「89 年見解」を真摯に受けとめた個々の学会員により、その後アイヌ民族の方々との協働による研究の試みも生じ、1996 年には学会理事会が内閣官房長官宛に、また 2008 年には学会長が「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」宛に、日本文化人類学会としての「89 年見解」堅持の意志を再三表明してまいりました。
しかし他方において、文化人類学の研究成果をアイヌ民族の方々と共有していく方針についてはもっぱら各学会員による個別の努力に委ねてしまったこと、またアイヌ民族の方々が日本社会のマジョリティに向けて発信してきた具体的な意志や要請に、学会として深く理解し支持する姿勢で向きあえなかったこと、さらには過去のアイヌ民族研究に起因する心的外傷が歳月の経過を以てしても消え去るものではない事実の認識を欠いていたことなど、反省すべき点は少なからず残されました。民族としての、また人間としての尊厳に留意したはずの「89 年見解」のスピリットが、以後の学会活動で十分に活かされなかったばかりに、今日にあってもアイヌ民族の方々の不信感を招き、過去の過ちに対する無関心のなせる業と誤解される場合もあったことを、まことに遺憾に感じております。出自や性や社会階層の別なく、一人ひとりの生の背景に広がる多様性をなにより尊重していくという理念の価値づけについて、1989 年以降の 30 有余年で国際社会の認識は大きく変貌をとげました。過去に犯した研究至上主義の過ちはけっして清算されうるものではありませんが、こうした過去を正しく認識し、たえず自省していかないかぎり、学術研究、とりわけ生身の人間の生に向きあう文化人類学の研究には、未来など開かれないことを私たちは確信しております。今日の世界を生きる先住民族少数民族の方々が直面する社会問題、また社会差別全般をめぐる諸問題について公正な認識をもち、人間間の相互理解をいっそう深めていく決意のもと、学会声明として、アイヌ民族の方々に対する過去の研究姿勢をあらためて真摯に反省し、心から謝罪の意を表明するしだいです。
このたびの声明が、未来にむけた責任の意志表明として、本学会内外のアイヌ民族の方々との新たな通いあいにわずかでも繋がっていくことを切に祈念いたしております。
 
2024 年4月1日 一般社団法人日本文化人類学