アイヌ民族の先住権 世界見据え議論深めたい(2024年4月19日『北海道新聞』-「社説」)

 十勝管内浦幌町アイヌ民族団体が、道知事の許可を受けずにサケ漁を行う権利の確認を求めた行政訴訟で、札幌地裁は請求を退けた。先住民族の権利(先住権)を巡る初めての司法判断である。
 原告の「ラポロアイヌネイション」(旧浦幌アイヌ協会)は、長く慣習的に認められていたサケ捕獲権が明治政府の北海道開発で奪われたと指摘。当時の同化政策も批判していた。
 そのうえで「サケ捕獲権はアイヌの文化、精神的伝統に由来する固有の権利だ」と主張し、生業として捕獲する権利を求めていた。
 だが、札幌地裁は、資源保護の観点などからサケ漁を規制した現行の法制度は不合理ではない、などと結論付けた。
 2019年施行のアイヌ施策推進法は法律として初めてアイヌ民族を「先住民族」と明記したが、先住権を保障する法律はない。
 このため、歴史や伝統に基づくアイヌ民族らしい暮らしが十分に守られていない実態がある。
 先住民族としての権利をどう考えるべきなのか。その検討を置き去りにしてはなるまい。
 原告の訴えを問題提起ととらえ、国民全体で議論を深めたい。
■国の訴訟態度は疑問
 河川でのサケの捕獲は水産資源保護法などで禁止され、道は伝統儀式の継承などの目的に限り例外的に認める。裁判では、この法制度の妥当性が争点となった。
 国側は「サケの枯渇を回避するため必要な規制」「アイヌの人々のサケ採捕に係る文化を享有する権利にも配慮している」と主張していた。判決は是認した形だ。
 併せて判決は、個人の尊重を保障した憲法13条に基づき、アイヌ固有の文化を享有する権利を認めている。
 この点は一歩前進とも言えるが、サケ捕獲権は「財産権としての側面が強い」と除外した。
 文化伝承や儀式などの際のサケ捕獲は認めるが、経済活動としては認められないと言うに等しい。
 原告側は「生活と文化は切り離せない。日々の生活の中で培われたものが文化に昇華していく。(判決が)そこを切り離したのが一番の問題だ」と批判する。
 疑問だったのは、被告である国側の訴訟態度である。アイヌ民族がサケ漁を奪われた歴史的な経緯について認否を避け続け、「訴えは法律上の争訟に当たらず、不適法」などと反論した。
 原告の問いかけに丁寧に応じたとは言えず、不誠実だ。
■サケ捕獲権入り口に
 世界を見渡せば、米国やカナダ、ニュージーランドなどで狩猟や漁業を幅広く認めたり、先住民族の言語を公用語にしたりする取り組みが進んでいる。
 日本はそうした国に比べて先住権を巡る議論が大幅に遅れていると言わざるを得ない。
 日本も賛成し、採択された「先住民族の権利に関する国連宣言」は先住民族の土地や資源に対する権利を保障し、自由権規約は漁業や狩猟の権利などを認める―。原告側はこう訴えた。
 アイヌ民族が「神の魚」として大切にするサケは重要な食料であり、衣服の材料にもなっていた。
 先住権全体を対象にした議論となると、土地の所有権など広範・多岐な論点が予想される。サケの捕獲権に検討対象を絞り議論の入り口にする。そうした考え方があってもいいのではないか。
 国会が08年に可決した「アイヌ民族先住民族とすることを求める決議」は、有識者の意見を聞きながら、アイヌ政策をさらに推進し、総合的な施策の確立に取り組むよう政府に求めている。
 先住権に関するアイヌ民族との対話や議論がまったく進んでいないのは、明らかに不作為だろう。
■尊厳守る社会構築を
 アイヌ民族を巡っては、19世紀から20世紀にかけて研究者が遺骨や副葬品を盗掘していた事実があり、日本文化人類学会は今月、過去の研究姿勢を謝罪した。
 アイヌ民族の尊厳回復のため学術界全体で過ちを直視し、検証や再発防止に努めるべきだ。不断の取り組みが欠かせない。
 自民党杉田水脈衆院議員によるアイヌ民族在日コリアンへの差別的言動が昨年、法務当局に人権侵犯認定された。
 それなのに、その後も差別・中傷の投稿を続けているのは言語道断である。
 党総裁の岸田文雄首相は強く批判するでもなく消極的な態度が目に余る。差別の風潮を助長してはいないだろうか。交流サイト(SNS)上で杉田氏に同調する投稿が少なくないのも残念だ。
 民族の尊厳を守り、多様性を尊重する社会を一層構築していく必要がある。そのためにも、先住権の議論を実りあるものにしていかねばならない。