アイヌ民族研究 謝罪は尊厳回復の一歩(2024年4月10日『北海道新聞』-「社説」)

 19世紀から20世紀にかけ、国内外の研究者がアイヌ民族の同意を得ず遺骨や副葬品を持ち出すなどした。尊厳を踏みにじる行為だ。
 声明は「研究至上主義の過ちは清算されるものではないが、過去を正しく認識し、たえず自省していかないかぎり学術研究には未来など開かれない」と強調した。
 過去を反省し、未来に踏み出すためには謝罪が欠かせない。遅きに失したとは言え、学会がその一歩を示したことを評価したい。
 遺骨収集に関わった他の学会や大学もまずは謝罪が必要だ。アイヌ民族の尊厳回復のため学術界全体で過ちを直視し、検証や再発防止に努めるべきだ。
 学会は2019年、日本人類学会、日本考古学協会北海道アイヌ協会と共同でアイヌ民族研究の倫理指針案を公表した。
 これに対し、「これまでの研究姿勢について謝罪するべきだ」との声が上がり、学会が独自に謝罪の必要性を認識したという。
 遺骨を巡っては「人種の特定」のため研究者が墓地から盗掘したなどの経緯がある。アイヌ民族は研究対象としか見られなかった。当時の政府の同化政策差別意識とつながる、重大な人権侵害だ。
 学会の前身の日本民族学会は1989年に見解を出し、アイヌ民族の意志を反映していなかった文化人類学者らの研究は「極めて不十分」などと反省を示した。
 ただ見解は学会活動に十分生かされなかった。遺骨をDNA解析した研究が歪曲(わいきょく)され、「アイヌ先住民族ではない」という主張の根拠に使われる事例まで起きた。
 今回の謝罪だけでは多くの課題は解決しない。倫理指針案には1868年(明治元年)の前に埋葬された遺骨を研究対象と認める余地が残り、民族団体が反発した。
 指針に関わる他の団体に謝罪の動きはない。北大などの大学も同様だ。遺骨返還は始まったが大学や博物館にはなお遺骨が残る。研究使用の可能性は否定できない。
 国の対応も問われる。先住民族の遺骨に関し、海外では政府が法整備や予算措置で積極的に関与し調査や返還を主導する傾向にある。日本では個人や団体が情報を集め返還を申請するのが実情だ。
 これでは多様性を尊重する社会の構築もままならない。民族の尊厳回復に向け、政府は姿勢を改めねばならない。
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アイヌ民族研究に関する日本文化人類学会・学会声明

日本文化人類学会(旧称:日本民族学会)は、文化人類学研究者の過去の営為を検証し、また研究のありうべき未来を展望するために、1989年6月、「アイヌ研究に関する日本民族学会研究倫理委員会の見解」(別添:以下「89年見解」)を社会に向けて表明しました。 
近代の学知として19世紀に確立した文化人類学は、遅くとも20世紀中葉にいたるまで、同時代の人種主義、帝国主義植民地主義と密接な関わりをもってきました。こうした趨勢のもと、1869 年「北海道」制定以降のアイヌ民族研究においても、当事者であるアイヌ民族の方々の主体的な意志や社会への要請を研究に反映させる姿勢や、研究成果を文化の当事者と共有する姿勢を研究者が長きに及び著しく欠いてきた過去への深い反省に基づき、「89 年見解」は表明されました。加えて「89 年見解」は、研究の未来に向けても、アイヌ民族との十分な意思疎通をふまえた研究や、アイヌ民族出身の研究者育成、日本社会における偏見や差別を是正する学校教育・社会教育の促進の必要性などにも言及するものでした。 
「89 年見解」を真摯に受けとめた個々の学会員により、その後アイヌ民族の方々との協働による研究の試みも生じ、1996 年には学会理事会が内閣官房長官宛に、また 2008 年には学会長が「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」宛に、日本文化人類学会としての「89 年見解」堅持の意志を再三表明してまいりました。
しかし他方において、文化人類学の研究成果をアイヌ民族の方々と共有していく方針に
ついてはもっぱら各学会員による個別の努力に委ねてしまったこと、またアイヌ民族の方 々が日本社会のマジョリティに向けて発信してきた具体的な意志や要請に、学会として深く理解し支持する姿勢で向きあえなかったこと、さらには過去のアイヌ民族研究に起因する心的外傷が歳月の経過を以てしても消え去るものではない事実の認識を欠いていたことなど、反省すべき点は少なからず残されました。民族としての、また人間としての尊厳に留意したはずの「89 年見解」のスピリットが、以後の学会活動で十分に活かされなかったばかりに、今日にあってもアイヌ民族の方々の不信感を招き、過去の過ちに対する無関心のなせる業と誤解される場合もあったことを、まことに遺憾に感じております。
出自や性や社会階層の別なく、一人ひとりの生の背景に広がる多様性をなにより尊重し
ていくという理念の価値づけについて、1989 年以降の 30 有余年で国際社会の認識は大きく変貌をとげました。過去に犯した研究至上主義の過ちはけっして清算されうるものではありませんが、こうした過去を正しく認識し、たえず自省していかないかぎり、学術研究、とりわけ生身の人間の生に向きあう文化人類学の研究には、未来など開かれないことを私たちは確信しております。今日の世界を生きる先住民族少数民族の方々が直面する社会問題、また社会差別全般をめぐる諸問題について公正な認識をもち、人間間の相互理解をいっそう深めていく決意のもと、学会声明として、アイヌ民族の方々に対する過去の研究姿勢をあらためて真摯に反省し、心から謝罪の意を表明するしだいです。 
このたびの声明が、未来にむけた責任の意志表明として、本学会内外のアイヌ民族の方 
々との新たな通いあいにわずかでも繋がっていくことを切に祈念いたしております。 
 
2024 年4月1日 一般社団法人日本文化人類学