アートワーカー(芸術従事者に関する社説・コラム)(2024年4月11日)

アートワーカー調査 芸術担い手の待遇改善を(2024年4月11日『琉球新報』-「社説」)

 

 沖縄の文化・芸術活動の若い担い手たちが厳しい境遇に置かれている。現状を直視し、待遇改善を急がなければならない。

 那覇文化芸術劇場なはーとが、県内の文化・芸術活動に携わる人材(アートワーカー)の実態調査を実施した。低収入や不安定な雇用形態、ハラスメントに苦しんでいる実態が分かった。
 オンラインによる調査に答えたのは音楽、美術、演劇、写真、伝統芸能、映画などの分野の117人で、沖縄出身あるいは沖縄を拠点に活動する20代から30代を中心とした若い世代である。「お金と生活」「契約」「ハラスメント」について実情を聞いた。
 芸術活動だけで収入を得ている人は29%で、多くのアートワーカーが低収入に悩んでいる。一方、芸能活動で仕事上トラブルになったことがある人は66%に上る。主なトラブルは不当に低い報酬額、報酬支払いの遅延などである。
 「ハラスメントに当たる行為をされた、見たことがある」と答えた人は80%に達した。脅迫や名誉毀損(きそん)など精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、容姿や年齢などに関わるからかいなど、さまざまなハラスメントが確認された。「レイプをされた」という回答もあった。
 今回の調査が明らかにしたのは、沖縄の文化・芸術活動を支える若い担い手たちが大切な人材として扱われていない実情だ。豊かな自然と共に独自の歴史と風土に育まれた文化・芸術は沖縄の最大の魅力である。それを担う若者が苦境に陥っている。沖縄の文化・芸術活動の振興・発展を考える上で看過できない重大な課題と捉えるべきだ。
 調査を担当した那覇文化芸術劇場なはーとの林立騎氏は「想像以上にひどい状況だった。文化・芸術だけで食べていくにはまだまだ厳しい現実がある」と語っている。低収入や不安定な契約が公然とまかり通っている。ハラスメントの横行は到底許されない。改善を急ぐべきだ。
 第一に求められるのは意識改革であろう。文化・芸術の現場を支えるアートワーカーを貴重な人材と位置付け、働きやすい環境を整備する必要がある。雇用・契約関係をおろそかにしてはならない。口約束は避けるべきだ。旧来の徒弟制度的な雇用関係が若い担い手に過重な負担を強いるならば見直す必要がある。
 県や市町村の文化行政に携わる部署もアートワーカーの就労環境に関心を持ってほしい。民間の芸能・文化団体との連携で何らかの事業を進める場合、しっかりと人件費を捻出できるような事業費の確保に努めるべきである。文化事業に関わる企業も同様だ。
 本県には文化・芸術活動の担い手を育成する県立芸術大学がある。ほかにも、さまざまな場で研さんを重ねる若者がいる。彼らが生活を維持し、夢も描けるような環境を整えなければならない。

 

芸術従事者の実態調査 業界の人権意識を問う(2024年4月11日『沖縄タイムス』-「社説」)

 文化芸術に関わる人材(アートワーカー)が、不当に低い報酬やハラスメントに苦しんでいる実態が浮き彫りになった。


 フリーランスで活動する人は契約でも不利な状況に置かれ、もはや個人での対応は厳しい。官民を挙げた環境整備が必要だ。

 那覇文化芸術劇場なはーとが、県出身や沖縄を拠点に活動するアートワーカーを対象に実施したアンケート結果を公表した。

 今年1~2月、「仕事と収入」「契約」「ハラスメント」の三つのテーマについてオンラインで質問。音楽、美術、演劇、写真、伝統芸能などさまざまな分野の117人が回答した。

 特に深刻なのがハラスメントだ。「これまでにハラスメント行為をされた、あるいは見たことがある」との回答は80%に上った。

 最も多かったのは脅迫や暴言などの「精神的な攻撃」。無視や過大な要求、性的嫌がらせなどが続く。

 指導など技術の伝達や、事業の受発注などの現場でハラスメントが横行している。「レイプされた」との回答も複数あり大変な問題だ。

 ハラスメントの行為者は「上司・先輩・マネジャー」との回答が35人で最多。「監督・演出家・スタッフ」「教員」が各30人で並び、いずれも立場が上の人から受けていることが分かる。

 一方、所属する会社や自治体などの相談窓口を利用したのは数人にとどまった。

 地域の文化芸術という狭い人間関係で被害を訴える難しさの表れだ。人権感覚が問われる。

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 こうした立場の弱さは収入面にも影響を与えている。

 仕事上のトラブルで最も多かった回答は「不当に低い報酬額」(41人)だった。「支払いの遅延」「一方的な仕事内容の変更」「報酬の不払いや過小払い」が続く。

 発注者との権力のアンバランスが背景にある。

 まずは「口約束で確認を取る」といったあいまいな契約を書面に変更するなど、受発注者が共に契約の在り方を見直す必要があるだろう。

 アーティストの労働環境を巡っては2021年に現代美術作家らが全国の美術や演劇、映像に関わる人たちを対象にしたウェブ調査の結果を公表。そこでも深刻なハラスメントや低い報酬、過重労働などが明らかになった。

 全国で起きている構造的な問題だ。公的な対策を視野に国や県も詳細な実態把握を検討すべきだ。

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 厳しい指導や教育に耐えて技術を磨く-。そうした特有の慣習を背景に、世界でもハラスメントなどがのさばってきた。米俳優の性被害告白を機に次々と当事者が声を上げた「#MeToo」運動は記憶に新しい。

 沖縄にとって文化芸術は戦後復興のよりどころとなってきた。独自の伝統文化は、地域を支える重要な役目も担っている。

 次代に継承するためにも文化の担い手たちが不当な扱いを受ける現状を変える取り組みが必要だ。