「生活保護の身でえらそうに…」桐生市職員の言動に追い詰められ、出した結論は「ここに将来はない」(2024年4月30日『東京新聞』)

 
連載<続・砂上の安全網>①
 「私と同じような経験をした人がこんなにいたのか」。3月、ネットを閲覧していた榊原弘さん=仮名=は、生活保護制度の運用に関して群馬県桐生市の問題を伝える数々の報道を見て、かつて自分が市から受けた理不尽な対応を思い出した。
 現在50代。数年前まで桐生市生活保護を受けていた。市外で暮らす今、つらい過去は忘れたい。半面、「生活保護の正確な実態が知られていないため、『楽をしている』『働く気がない人ばかり』といった偏見が世間にはびこっている。何とかしないといけない」と取材に応じた。

◆「水際作戦」に遭い、保護が決まったのは9カ月後

 会社勤めを経て20代で自営業を始めたが、十数年前、業績が悪化し貯金も底を突いた。「ハローワークで200件以上応募したが仕事は見つからず、恥を忍んで福祉課の扉をたたいた」と振り返る。
 
生活保護の申請書と、群馬県作成の「生活保護のしおり」。桐生市では生活保護利用希望者に申請書を渡さないといった「水際作戦」が横行していたが、一連の問題が明らかとなってからは双方とも常備されている

生活保護の申請書と、群馬県作成の「生活保護のしおり」。桐生市では生活保護利用希望者に申請書を渡さないといった「水際作戦」が横行していたが、一連の問題が明らかとなってからは双方とも常備されている

 しかし、申請の意思を伝えても「まだ若いから働けるでしょう」と申請をさせないよう対応する、いわゆる「水際作戦」で拒まれ、代わりに市社会福祉協議会低所得者向け生活資金貸付制度を紹介された。その後も職は見つからず負債だけが膨らみ、9カ月後にようやく保護が決まった。
 1カ月の保護費は約7万円。食費を徹底的に切り詰めた。閉店間際のスーパーで割引シールが貼られた弁当を買って食べ、それすら買えないときはパンやカップ麺でしのいだ。
 唯一の移動手段が古い自転車で、タイヤがパンクすると修理代が1200円かかった。数回起きれば、手持ちのお金はあっという間に尽きた。厳しい生活だった。だから、昨年11月に明らかになった1日1000円の分割支給で、決定した月額の半額程度しか受け取れなかった事例は「想像を絶する」と驚いた。

◆「逆らえば保護を切られる」耐え続けた

 暮らしたアパートは北向きで日当たりが悪く、くみ取りトイレ。しかも、保護開始から約5年間は市がエアコン設置を認めず、真夏は図書館へ「避難」して暑さをしのいだ。
 精神的に追い詰められ、何回も自殺を考えた。榊原さんは「福祉課職員はいつも大声で『保護の身でえらそうなことを言うな』などと威圧的な言動だった。逆らえば保護を切られると思い、耐えた」という。
 
 「このまま桐生市に居続けても将来はない。環境を変えなければ」。数年前に市へ保護辞退届を提出し、制度が認める範囲で続けていた貯金を元手に市外へ転居。そこで職を確保し、現在は自立している。
 生活保護制度の改善に何が必要と考えるかを聞くと、まず保護費増額を挙げ、こう続けた。「施しを想起させる生活保護という名称は偏見を助長する。例えば『生活支援制度』『最低生活保障制度』といった名称に変えるべきだ。憲法25条の生存権保障を時代に即したものとしてほしい」
  ◇ 
 桐生市生活保護制度の運用をめぐる問題は、第三者委員会が始動し、4月3日には利用者2人が市を相手取って国家賠償請求訴訟を起こして実態解明に向けた段階に入った。新たな証言やデータから、同市の生活保護行政が再生できるのかを問う。(この連載は小松田健一が担当します)
 
以前の連載<砂上の安全網>記事リスト

桐生市生活保護をめぐる問題の経過
2023年
11月20日 群馬司法書士会が「1日1000円」の案件桐生市改善を申し入れ
11月30日 荒木恵司市長が謝罪コメントを発表
12月18日 荒木市長が定例記者会見であらためて謝罪、内部調査チームと第三者委員会の設置を表明
2024年
2月22日 県議会一般質問で県が1月から桐生市特別監査を実施中と答弁3月20日 「1日1000円」を明らかにした司法書士仲道宗弘さんが急逝
3月27日 市の第三者委員会が初会合
4月3日 生活保護利用者2人が市を相手取った国家賠償訴訟を前橋地裁桐生支部に提訴
4月4、5日 社会福祉専門家や支援団体、法曹関係者らによる全国調査団が県への申し入れや桐生市内での集会開催