「認知症行方不明者」の捜索事業 自治体の6割以上が周知に課題(2024年4月9日『NHKニュース』)

認知症やその疑いがあり自宅を出たまま帰れなくなってしまう、いわゆる「認知症行方不明」の人を捜す対策について、NHKが全国の自治体に行ったアンケートで、行政や地域が連携して捜索にあたる見守りの事業について、6割以上の自治体が、事業を知らない住民が多いことを課題に挙げたほか、行方不明になった人が広域で移動するケースでは、情報共有に課題があると指摘する声があがりました。

認知症やその疑いがあり、警察に行方不明届が出された人はおととし、延べ1万8709人と過去最多となっています。

このうち451人が亡くなり、284人が所在不明になり、深刻なケースが相次いでいます。

国は、認知症行方不明者への対策として警察や行政に加えて、地域の店舗やタクシー会社、それに地域住民などが認知症行方不明の人の捜索に協力する「SOSネットワーク」という見守りの仕組みの整備を各地の自治体に呼びかけています。

NHKがことし1月から2月にかけて、全国の都道府県に「SOSネットワーク」の整備状況や課題についてアンケートを実施したところ、全国の市町村の84.5%にあたる1472の市町村で整備されていることがわかりました。

しかし、SOSネットワークが稼働する上での課題を各都道府県に複数回答で聞いたところ、
▽「事業を知らない住民が多い」が66%
▽「1人暮らしの高齢者で登録に至らない人が増えている」が47%
▽「個人情報保護のため情報が共有されない」が30%で、
1人暮らしの高齢者の場合は、行方不明になったことに気付かず通報が遅れるケースもあり、対策が追いついていない実態も明らかになりました。

さらに、
「関西で行方不明になった人が北陸で発見された」とか、
「県境に住んでいた人が行方不明になり、隣の県への周知に時間がかかった」など、
認知症行方不明者が県境をまたいで広域で移動するケースもあり、自治体間での情報共有で課題があると指摘する声があがりました。

認知症の行方不明者に詳しい国立長寿医療研究センター鈴木隆雄理事長特任補佐は「SOSネットワークの整備が進んだことは評価できるが、自治体間での連携も進め、社会の変化にあわせてちゃんと機能するものになっているかどうか、検証していく必要がある」と指摘しています。

“事前に知っていれば” 当事者からも課題指摘する声 

認知症の家族を捜す当事者からも「SOSネットワーク」の周知について、課題を指摘する声が挙がっています。

長崎市の江東愛子さん(46)は去年4月、認知症の父、坂本秀夫さん(74)が行方不明になり、およそ1年間捜し続けています。

長年地元の洋食店でシェフを務めていた秀夫さんは、12年前に若年性アルツハイマー認知症と診断されましたが、自分や家族の名前、家の住所がはっきり分かり、日常生活も問題なく送れていたことから、家族は秀夫さんの認知症の症状は軽いと考えていたといいます。

しかし秀夫さんは去年4月16日、日課の散歩に出かけたあと戻らなくなりました。

家族で秀夫さんを捜し、警察にも通報して、4日間警察の捜索が行われましたが、秀夫さんは見つかりませんでした。

秀夫さんが行方不明になって3日後、愛子さんは地域が連携して認知症行方不明の人を捜す「SOSネットワーク」の存在を知りました。

家族ですぐに長崎市に登録して、連携する市内の介護事業所や地域包括支援センターに秀夫さんの顔写真付きの情報を周知してもらいました。

父が行方不明になって半年がたった去年10月、長崎県内を捜し尽くしたと感じた愛子さんは、SOSネットワークが県外の都道府県にも情報を提供できることを知って捜索協力の範囲を広げてもらいました。

愛子さんは、SOSネットワークを事前に知っていれば、初動の段階でスムーズに捜索ができたのではと後悔しているといいます。

愛子さんは「父を見つけたい。残された家族として苦しい思いを抱えている。SOSネットワークの事業を事前に知っていれば、行方不明になった直後に探す人を増やせたり、スムーズに捜索をお願いできて父も見つかったかもしれないと思うとすごく残念だ。行政は当事者の声を聞いて、事業の周知やSOSネットワークの改善を進めてほしい」と話していました。

長崎市は、愛子さんのケースを受けて「SOSネットワーク」の仕組みを広く周知するため、認知症の行方不明者を捜す人に向けて制度や連絡先を一覧にまとめたシートを作成したということです。

行方不明者を減らす取り組みも

認知症やその疑いがあり、行方不明になる人が増え、命を落とすケースも起きていることを受けて、地域では取り組みが進められてきました。

「SOSネットワーク」は、主に事前に家族などが登録した認知症の人が行方不明になった場合に、警察や行政に加えて地域のコンビニエンスストアやタクシー会社などの企業、そして地域住民などが認知症行方不明の人の捜索に協力する取り組みです。

北海道釧路市で1994年に国内で初めて「SOSネットワーク」が発足し、1995年には警察庁が全国の警察本部に呼びかけたことをきっかけに全国的に広がりました。

厚生労働省自治体への財政支援や先進的な取り組みを周知するなどして、ネットワーク作りを促してきました。

一方、ネットワークを作ってもほとんど稼働していない地域もあり、1人暮らしの高齢者の増加や、県境をまたぐなど広域に移動するケースでは、個人情報保護のため情報共有がされずに対応できない事例の増加も指摘されています。

このため、家族に限らずケアマネージャーを通じて1人暮らしの認知症の人の事前登録を進める自治体や、本人が外出したときに、緊急連絡先や戻りたい場所を書いた「ヘルプカード」を持参してもらう取り組みも広がっています。

さらに、電話番号などの個人情報を明かさずに、行方不明者を見つけた人と家族が連絡を取りあえるアプリも開発されています。

専門家「どう役割分担し情報共有していくかが重要」

認知症の行方不明者に詳しい国立長寿医療研究センター鈴木隆雄理事長特任補佐は「自治体も、認知症の人が1人で出かけて行方不明になることについては非常に問題意識を持っている。しかし、行方不明によって重大な事故が起きていない地域では取り組みについて見直しが進まず、対策に温度差があるのが実態だ」と指摘しています。

そのうえで「認知症行方不明者の捜索は難しく、SOSネットワークの整備で家族だけでなくさまざまな機関が連携して捜す必要があり、どう役割分担し、情報共有をしていくかが重要だ。今後も行方不明者の増加が見込まれる中で、市町村や都道府県をまたいで広域に移動した場合の自治体間での情報共有のほか、当事者が使いやすいようなネットワークの構築が求められている」と訴えています。