第1次世界大戦迫る110年前の音楽劇を初上演へ 後藤新平原案「平和」 戦争の危機にさらされる今だから(2024年4月29日『東京新聞』)

 
 明治から昭和初期に活躍した官僚で政治家の後藤新平(1857~1929年)が原案を作った劇曲(音楽劇)「平和」が5月31日に東京・内幸町ホールで初上演される。書籍として発表されたのは、世界情勢が緊迫する第1次世界大戦開戦直前の1912年。時代を超えて戦争の危機にさらされる現代で、地域や人種を超えた平和の重要性を説く。(山田祐一郎)

◆「震災や感染症に脅かされる今こそ」

 「震災や感染症に日常生活が脅かされるいま、この劇をやらなければいけないと思った」。今月12日に記者会見で、主催者の「後藤新平の会」の藤原良雄事務局長(藤原書店社主)が初上演への思いをこう話した。劇曲「平和」は、後藤の功績を研究する同会がまとめた業績リストにも存在は記されていなかった。2020年に新聞記事で取り上げられたことをきっかけに原本に出合い書籍化。今回、110年以上、実現しなかった上演にこぎ着けた。
 
記者会見で後藤新平原案の「平和」について説明する藤原良雄さん(右)=東京都新宿区で

記者会見で後藤新平原案の「平和」について説明する藤原良雄さん(右)=東京都新宿区で

 医師として衛生学を学んだ後藤は、内務省衛生局長のほか、逓信相や内相、外相を歴任し、東京市長も務めた。1923年の関東大震災後は、帝都復興院総裁として復興にかかわった。「平和」は、後藤の原案を、逓信相時代の部下で、雑誌「明星」で活躍した詩人の平木白星(1876~1915年)が執筆した。
 当時は、日清、日露戦争で勝利を収めた日本が国際社会で存在感を示し始めていた時期。欧米では、日本や中国の黄色人種を脅威と見なす「黄禍論」が広がっていた。1914年に勃発する第1次世界大戦を前に国際社会の緊張が高まりつつある状況だった。

◆「平和が偽りとそそのかす」

 後藤は「平和」の中で、当時の世界情勢を登場人物の「誘惑者」に「鎧(よろ)える(鎧を着けた)平和」と表現させた。劇中、誘惑者は、平和の中には不安や策略が潜んでいるとし、偽りであるとそそのかす。また、国々を代表する女性たちが万国平和会議を開くが、それぞれが自身の国が一番であると主張し言い争う。欧州を脅かす者として描かれる日本は「志すところは東西文明の融和」であると諭す。西洋と東洋が合わさった楽曲が流れる中、大団円に向かう。今回のために劇中の曲もすべて作曲した。
 実行委員で元駐仏、駐韓大使の小倉和夫さんは会見で「戦争に誘う『誘惑者』は、国際紛争の根源である権力欲、覇権欲の象徴ではないか」と強調する。その上で「ウクライナパレスチナ、台湾有事の懸念や北朝鮮のミサイルの脅威と、いま世界は戦争の話ばかりとなっている。戦争は一方だけでも始められるが、平和は相手がいなければ実現できるものではない。世界でナショナリズムや利己主義が進む21世紀に平和を考えてほしい」と訴える。

◆100年以上前の言葉で、平和への思いに火を

 演出を手がけた笠井賢一さんは「この本が見つかったときから、実際に上演したいと考えていた」と話す。発表当時は実現できなかった宙乗りや舞台回転、せりふなど忠実に原作を再現する。「100年以上前の言葉が現代にどのように伝わるか。平和に対する皆さんの思いに火がつくのではと思っている」と語った。
 
 前出の藤原さんは「当時は日本が国際社会で台頭し、欧米列強に危険視されていた時代。東西文明の融和を訴える内容で上演するのは難しかったのだろう」とこれまで上演されてこなかった背景を話す。その上で、「作品が訴える『鎧える平和』は、現代の国際関係や核抑止論と根底は同じだ」と後藤の先見性を強調する。
 上演後に劇曲について意見を交わすシンポジウムも開催する。申し込み、問い合わせは藤原書店=電03(5272)0301=へ。