取り調べと弁護士 積み残した課題解決を(2024年4月9日『茨城新聞・佐賀新聞』-「論説」)

 日弁連は今月、警察や検察の取り調べに立ち会うなどした弁護士に支援金を出す制度をスタートさせた。逮捕・勾留中の国選弁護を中心に、弁護士が取調室内で容疑者や被告の隣に座り、黙秘権の行使や供述調書への署名などについてアドバイスをしたり、取調室の外に待機して折を見てやりとりをしたりするのを後押しする狙いがある。

 欧米や韓国、台湾では立ち会いが義務付けられ、ごく当たり前に行われる。日本の場合、そのような規定が刑事訴訟法にないため、弁護士が申し入れても、捜査機関に拒否されれば諦めるしかないのが現状だ。任意ではない、逮捕しての取り調べに立ち会いが認められることは、まずない。

 国連の機関は10年ほど前から取り調べへの弁護士立ち会いを保障するよう勧告などを繰り返してきたが、政府や捜査機関の腰は重い。しかし容疑をかけられたとき、最も助けを必要とするのが捜査段階の取り調べだ。過去に法相の諮問機関・法制審議会で立ち会いの可否が議論されたが、法制化は実現していない。

 自白の強要や、否認すれば勾留が長期化する「人質司法」など取り調べを巡る問題は後を絶たない。捜査機関の反対は根強く、日弁連の取り組みがどこまで広がるか見通せないが、これをきっかけに取り調べの実態に目を凝らし、積み残した課題の解決に向け議論を重ねていく必要がある。

 日弁連の制度では、取調室内の立ち会いに1回2万円、取調室の外に待機する「準立ち会い」に1万5千円の支援金を出す。また書面による捜査機関への立ち会い申し入れは3千円。任意で行われる取り調べや私選弁護は対象にしていない。

 2009年に厚生労働省文書偽造事件で逮捕された元局長村木厚子さんは否認を貫き、164日間勾留された末に無罪判決を手にした。その過程で大阪地検特捜部の検事による証拠改ざんや供述誘導などが明らかになり、法制審に捜査・公判の見直しが諮問された。

 法制審では14年、取り調べへの弁護士立ち会いも取り上げられた。だが捜査機関側が「取り調べの機能を損なう恐れがある」と反対。取り調べの録音・録画を巡る議論が優先されたのはやむを得ない面もある。

 裁判員裁判事件と検察の独自事件で取り調べ全過程の録音・録画を義務付ける改正刑訴法が19年に施行されたが、まだまだ十分とは言えない。

 軍事転用可能な装置を無許可で輸出したとして外為法違反罪などに問われ、後に起訴が取り消された大川原化工機側が国などに損害賠償を求めた訴訟で、昨年12月の東京地裁判決が供述誘導など違法捜査を厳しく指弾したのは記憶に新しい。

 また昨年8月には英国の裁判所が、警視庁に強盗事件で国際手配された英国籍の男について「取り調べで自白を強要されるなど人権侵害の懸念がある」と身柄引き渡しを認めない判断をした。

 村木さんは取り調べをボクシングにたとえ「リングにはアマチュア(容疑者)とプロ(検事)しかいない。レフェリーもセコンドもいない」と弁護士立ち会いの必要性を説いた。日弁連の制度とは別に、任意調べへの準立ち会いに力を入れる弁護士会もあり、一定の成果を上げている。交通事故なども含め、誰もが取り調べで弱者になり得ることを忘れてはならない。(共同通信・堤秀司)

 

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“弁護士が取り調べ立ち会い” 日弁連が4月から支援制度始める(2024年3月23日『NHKニュース』)

 

不当な取り調べを防ごうと、日弁連=日本弁護士連合会は警察などの取り調べに弁護士が立ち会うことを求めていて、4月から実際に立ち会うなどした弁護士に支援金を支払う取り組みを始めることになりました。一方、捜査機関側からは「真相解明の妨げになる」という声があり、支援制度が今後どのような影響を与えるか、注目されます。

日弁連は、不当な取り調べをなくし、えん罪を防ぐ目的で弁護士が警察や検察などの取り調べに立ち会うことを求めていて、4月から新たな支援制度を始めることになりました。

具体的には、国選などの弁護士が
▽勾留中や釈放後の取り調べに立ち会った場合に2万円
▽取調室の近くに待機して定期的に助言するなどの「準立ち会い」をした場合に1万5000円
▽取り調べの立ち会いを書面で申し入れた場合に3000円の支援金を日弁連が支払います。

私選の場合や、逮捕しない任意の捜査などは対象外となります。

取り調べへの弁護士の立ち会いについては可能かどうかも含めて刑事訴訟法に明記されておらず、現状では捜査機関の判断に委ねられています。

捜査機関側からは「容疑者から十分な供述が得られなくなり、真相解明の妨げになる」という声があり、日弁連の委員会が行っているおととしからの統計によりますと、弁護士からの立ち会いの申し出が100件以上あったのに対し、捜査機関が認めたのは少年事件など数件だということです。

日弁連の支援制度が始まることで、取り調べにどのような影響があるか、注目されます。

捜査機関の取り調べ たびたび問題に 

捜査機関の取り調べをめぐっては、裁判所が違法性を認めるなどたびたび問題になっています。

三重県では窃盗の疑いでの任意の取り調べで警察官が「泥棒に黙秘権があるか」と追及するなど違法な取り調べをしたとして、津地方裁判所が2年前、県に70万円の支払いを命じる判決を言い渡し、確定しています。

7時間にわたったというこの取り調べの録音テープが裁判の証拠として採用され、後に不起訴となった土産店の女性に、警察官が売上金を盗んだという自白を強制し、「泥棒に泥棒と言って何が悪い」、「刑務所行こう。俺が連れてったる」などと強い口調でせまる様子が残されていました。

また、横浜市の化学機械メーカーの「大川原化工機」の社長など3人が不正輸出の疑いで逮捕され、その後無実が明らかになったえん罪事件では、逮捕された1人が調書の修正を依頼したところ、捜査員が修正したふりをして署名させたと東京地方裁判所が去年12月の判決で認定し、違法だと指摘しました。

河井克行法務大臣が有罪判決を受けた参議院選挙をめぐる大規模買収事件などでは、任意の取り調べを受けた元広島市議会議員が、東京地検特捜部の検事から不起訴にすることを示唆して供述を促されたと訴え、最高検察庁は去年12月「不適正な取り調べだった」などとする調査結果をまとめました。

取り調べに弁護士立ち会い経験の男性は 

6年前、弁護士の立ち会いのもとで取り調べを受けた男性は、事実と異なる供述調書に署名をせずにすんだと話しています。

モデルガンの収集が趣味の兵庫県に住む30代の男性は6年前、銃刀法違反の疑いで警察の家宅捜索を受け、任意の取り調べを受けることになりました。

以前、リサイクルショップで買ったモデルガンをその翌日にネットオークションで転売していましたが、金属製であれば違法な模造拳銃にあたると疑いをかけられたのです。

実物もなく記憶があいまいで、違法性の認識もなかったため、知り合いだった片山和成弁護士に相談し、この時は弁護士の立ち会いが認められました。

男性は、片山弁護士の「記憶にないことを答えてはいけない」というアドバイスをもとに取り調べに答え、最後に供述調書への署名を求められました。

調書を見ると、モデルガンの重さについて「よく覚えていないがずっしりとしていた」と答えたところが、「ほかのモデルガンに比べてずっしりと重かった」と書かれるなど、細かい部分で実際の供述と異なる箇所が複数あったといいます。

一方、取り調べは3時間に及んでいて、男性は早く捜査を終えてほしいと署名を考えましたが、片山弁護士から「納得がいかない場合は拒否していい」と言われ、その日は署名しませんでした。

その後も数回、任意の取り調べがありましたが、いずれも片山弁護士の助言をもらい、その結果、不起訴になったということです。

男性は「最初の取り調べで、調書には自分が罪の認識があったように書かれていると感じましたが、弁護士がいなければ署名してしまったかもしれません。供述調書の内容が不正確だったので専門家の弁護士とともに判断してよかった」と話していました。

片山弁護士は「実際の供述と供述調書のちょっとしたずれが後から大きな問題になるかもしれない。その問題点を現場でリアルタイムで共有してアドバイスできることが立ち会いの最大のメリットだ。真実の発見が取り調べの機能であれば、弁護士が立ち会ったほうが捜査機関もより正確な供述を獲得でき、お互いにとって得があると思う」と話していました。

警察庁 “必要性と捜査への影響など勘案し 慎重に検討すべき“ 

捜査機関の取り調べに弁護士が立ち会うことについて、警察庁は「必要性と捜査への影響などを総合的に勘案しつつ、慎重に検討する必要がある」として、3年前に全国の警察に対し事務連絡を出し、申し出があった場合には、警察署独自で判断せずに警察本部への報告を求め、組織的に対応するよう指導しています。

弁護士の立ち会いを認めるかどうかについては、「真相を解明し、容疑者の犯罪の嫌疑を明らかにするという取り調べの有する重要な役割を阻害することがないかなど、事案に応じて捜査への影響などを総合的に勘案し、組織的に検討・判断する必要がある」としています。

取り調べにおける弁護士の立ち会いについては、刑事法の専門家や法律の実務者、有識者などで構成される法制審議会で、平成26年までのおよそ3年間にわたって議論されました。

その際に、「取り調べのあり方を根本的に変質させて、その機能を大幅に減退させるおそれが大きい」とか「容疑者から十分な供述が得られなくなることで、真相が解明されなくなるおそれがあり、そのような事態は被害者や真相解明を望む国民の理解を得られない」といった意見が示され、導入されなかった経緯があるということで、警察庁は「刑事手続き全体における取り調べの機能・役割との関係も含め、さまざまな観点から慎重に検討すべきものと認識している」としています。

元検事 “真相解明機能が損なわれるおそれ” 

元検事の高井康行弁護士は、取り調べによる真相解明機能が損なわれるおそれがあるとして、弁護士による立ち会いは認めるべきではないという考えを示しています。

高井弁護士は、日本の刑法について「同じ行為をしても殺意があれば殺人、殺意がなければ傷害致死となる。殺意の有無で量刑にも差があり、主観的要素が多いものになっている」と特性をあげました。

そのうえで、「日本では立証責任を捜査機関側に負わせており、容疑者の主観を立証するためには自白に頼らなければならない場合がある。説得をして真実を聞き出さない限り立証が難しい法律である以上、取り調べに弁護人が立ち会うことを認めれば、真相解明機能が損なわれるのは間違いない。刑事司法のバランス、訴追側と防御側のバランスを崩すもので、今のシステムの中では認めるべきではないと思う」と述べました。