データ提供命令 人権への配慮は十分か(2024年4月2日『東京新聞』-「社説」)

 法制審議会(法相の諮問機関)が答申した刑事訴訟法改正要綱に、捜査機関がパソコンなどのデータ提供を罰則付きで命じることができる制度が盛り込まれた。
 要綱は捜査から公判まで刑事手続きの電子化が目的で、検察が開示する証拠書類がデジタル化されるなど利便性の向上が期待される半面、プライバシー侵害や不利益な情報提供の強要など人権侵害への懸念が残る。法案内容を慎重に検討するよう求めたい。
 改正の柱の一つが「電磁的記録(データ)を提供させる強制処分(提供命令)」制度の新設だ。
 現行法では、捜査機関が犯罪捜査でパソコンやスマートフォンなどにあるデータを押収する際、裁判官の令状に基づいて、保管者や利用権限を持つ人に関連データの選択と複写物の提供を命じる。
 現行制度はパソコン本体の押収よりもデータの所在を突き止めやすい利点が捜査機関にある一方、提供を拒んだり、内容が不十分でも提供者側は罰せられない。
 これに対し、新たな制度ではデータ保管者らが正当な理由なく提供を拒んだ場合、1年以下の拘禁刑などの罰則が科せられる。
 要綱には、容疑事実と無関係のデータ収集やデータの目的外使用を禁じる規定がない。捜査機関にデータの提出を求められた場合、罰則規定が圧力となり、捜査と関連性が低いデータも提出せざるを得ない事態が懸念される。
 データの保管期間も定められておらず、不要なデータの消去も義務付けていない。犯罪と無関係な国民のプライバシー情報が捜査機関に蓄積されかねない。
 データの提供と供述とは異なるとはいえ、個人の日記などが含まれれば「自己に不利益な供述を強要されない」という憲法の規定に抵触する恐れすらある。
 さらにデータの不提出を罰することになれば、容疑者本人が証拠を消しても罪に問われない証拠隠滅罪との整合性に疑問が残る。
 要綱を法案化する段階では、提出を求めるデータ内容を令状で限定する▽無関係なデータの消去を義務付ける▽提出命令を受けた人などによる不服申し立ての機会を保障する-などの規定を盛り込むことが不可欠だと考える。
 捜査機関と個人の力の差は歴然とある。捜査機関側が利便性向上のために、人権を侵すようなことがあってはならない。