医師の残業規制/医療の質を高める契機に(2024年4月4日『神戸新聞』-「社説」)

 長時間の残業で疲弊している勤務医の労働環境を改善し、医療の質の向上につなげねばならない。

 4月から「医師の働き方改革」がスタートした。患者に対応する「応召義務」への配慮から他業種より実施が5年間遅れたが、残業の上限が原則年960時間となった。

 懸念されるのは、長時間労働の「隠れみの」になると指摘される自己研さんと宿日直許可の在り方だ。

 医師は診療に必要な技能を習得するため、自己研さんを求められる。厚生労働省の指針は、上司の指示に基づく場合は労働時間に含め、自主的な学びは含めないと定めるが、線引きはあいまいだ。

 神戸市東灘区の甲南医療センターに勤務する専攻医が2022年5月に自死した問題では、西宮労働基準監督署書類送検時に算定した前月の残業は113時間56分だったのに対し、病院側は申告ベースで30時間30分と主張した。自己研さんの解釈で大きな差が生じたが、この差を合理的に縮めなければ、「改革」は絵に描いた餅になりかねない。


 研さんにより技量が向上すれば、医療の質が高まる。専門医などに認定されれば診療報酬が増える場合もある。雇用する医療機関のメリットも踏まえ、研さんを勤務として認める幅を広げてもらいたい。

 宿日直許可の運用も焦点になる。夜間や土日の患者対応に備える宿直・日直は、業務が軽度で短時間の場合、労基署の許可を得れば休憩時間にみなされるという仕組みだ。

 しかし、現実には診療に多くの時間を割いても労働時間に含まれないケースが相次いでいる。「サービス残業」を生まない、実態にあった運用が欠かせない。

 一方で、医療提供体制への悪影響を懸念する声も広がっている。

 残業規制で実質的に対応できる医師が減れば、救急や周産期医療などの患者受け入れが難しくなる事態も想定される。国や自治体、医師会などは影響を見極め、逼迫(ひっぱく)を防ぐ対応に注力すべきだ。

 地域医療の縮小を避けるため、救急などを担う医療機関都道府県に認められれば年1860時間まで上限が緩和される特例水準がある。

 「最後のとりで」を担う基幹病院などが取得したが、長時間労働を防ぐ取り組みを怠ってはならない。特例水準は精神障害の労災認定基準に迫る月平均155時間に相当する。安易に「免罪符」とせず、原則の年960時間に収める努力が必要だ。


 ICT(情報通信技術)やチーム医療による業務の効率化も欠かせない。それでも影響が残るなら、病院統合などによる体制見直しも避けては通れないだろう。