内閣府は2日、2034~60年度の経済・財政・社会保障に関する試算をまとめ、経済財政諮問会議で報告した。現状の経済が続いた場合、保険料や公費で賄っている医療・介護給付費が、対国内総生産(GDP)比で60年度に最大16・1%となり、19年度(8・2%)からほぼ倍増すると予測している。内閣府の長期試算は、低成長に伴う負担増大のリスクを指摘。財政再建が進むとして、専門家からは評価する声が上がっている。
「人口が減少していく中で、経済、財政、社会保障をより長期に見た場合、どういう姿になるのか。バックキャスト(将来からの逆算)で今何を進めるべきか考えていこう、ということだ」。内閣府幹部は試算の意義をこう語る。 60年度までとしたのは、団塊世代の子供である「団塊ジュニア」(1971~74年生まれ)が全員85歳以上になり、医療・介護給付費がほぼピークを迎えるからだ。
別の内閣府幹部は「少子高齢化が進み、これまでの経済・財政の見通しでは持続可能な社会の絵姿を描けないと判断した。今後は成長戦略だけでなく、給付と負担の構造改革を進めていく必要がある」と強調する。2日に開かれた経済財政諮問会議では、民間議員から「今後の予算編成でも歳出改革を継続すべきだ」との指摘が出た。
推計は、高齢者の労働参加率や、出生率、技術革新の進み具合に応じて①実質成長率0・2%程度(現状投影)②1・2%程度(長期安定)③1・7%程度(成長実現)――の三つのシナリオを想定。この前提で将来人口を考慮し、60年度までの経済、財政、社会保障の姿を試算した。
現状のままだと、医療や介護にかかる費用は経済の伸びを上回る見込みで、主な要因は新たな治療法や薬の開発による「医療の高度化」だ。
政府が23年12月に閣議決定した「社会保障の改革工程」には、医療・介護費を抑えるための改革の方向性が列挙されている。具体的には、医療費が高額になった場合、患者の所得に応じて一定額を払い戻す「高額療養費制度」での自己負担限度額の引き上げや、医療費の窓口負担が3割となっている高齢者の範囲拡大――などだ。25年度以降の予算編成で検討していくことになる。
ただ、こうした改革案は短期的な対策で、社会保障費については40年度までの見通ししか示していない。政府関係者は今回の試算について「現行の物価や賃金などを基に機械的に試算したもので、やや過大な点もある」と指摘。「中長期的に社会保障改革を続ける意気込みを示すものだ」と解説する。
厚生労働省を中心に新たな推計の作成に取り組んでおり、同省幹部は「社会保障制度を持続させるためには改革から逃げられない。取り組みを緩めないことが必要だ」と語る。
今回の試算について、ニッセイ基礎研究所の矢嶋康次チーフエコノミストは「大きな意義がある」と評価する。特に、現状のシナリオを出したことについて「今の日本社会の延長線上のままだと、危機的な状況になることを示した。構造的な改革について国民の合意を得る上でも重要」と指摘する。
一方、長期安定や成長実現のシナリオを実現するには、出生率などの上昇が条件になる。矢嶋氏は「現状と比べ相当高い数字で、大変な改革が必要」とみる。「医療・介護の改革に伴う負担増は、経済成長と逆行する可能性もある。国民が満足する改革ができるかもカギとなる」とし、「試算を受けて骨太の方針に具体策を盛り込めるかどうかだ」と注目する。
内閣府関係者は「これまでの試算は、成長率が高すぎると批判を受けてきた。今回のような1%の長期安定のシナリオでも持続可能だと示された」と強調した。【古川宗、神足俊輔、山下貴史】