「お金払うから許して」筆談の聴覚障害者に卑劣な訪問販売 弱者食い物にするタワマン兄弟(2024年4月2日『産経新聞』)

高齢者や聴覚障害者らを狙って訪問販売を繰り返し現金をだまし取ったとして、準詐欺罪などに問われた20代の兄弟が3月、大阪地裁で有罪判決を受けた。認知症など「心神耗弱状態」の被害者をだました際に用いられる準詐欺罪が、耳の聞こえない聴覚障害者に適用されるのは珍しい。架空の支払いを筆談で迫るといった卑劣な手口に対し、同罪で異例の立件に踏み切った大阪府警の幹部は「証拠を一つ一つ積み上げた」と明かす。

公判や府警への取材によると、兄(26)の立ち上げた訪問販売業者「エスカーリー」では、現場責任者の弟(25)が20代の男女5人に指示。高齢者の多い団地に出向き、1人暮らしの人に目をつけて営業していた。だが、その実態は、火災報知器の電池交換など適当な名目で高額な契約を結び、現金を支払わせる―というもので、「社会的弱者を食い物にする違法な営業」(検察側)だった。

メンバーは認知症の高齢者ら何度もだまされる顧客について、「突撃」を意味する「凸(とつ)」と揶揄(やゆ)し、交流サイト(SNS)で共有。80人ほどをリストアップし、やり取りの中には《ぼけてるで、とことんいきましょう。おかわりし放題》といった文言もあった。

タワーマンションに住み、豪華な生活を送っていたという兄弟。捜査関係者は「高齢者の中でも被害を訴えづらい人を狙っていた」と憤る。

筆談で金銭要求

グループの悪質性を際立たせたのが、聴覚障害がある1人暮らしの60代女性に対する犯行だ。

トイレ掃除に床の張り替え、浄水器の取り付け、エアコンや室外機の洗浄…。グループは女性宅に押しかけ、架空の作業も交ぜながら代金を払うよう筆談で求めた。

あるやり取りでは、グループ側が《クリーニングしたから金払え。払わなかったら訴えるぞ》と22万円を要求。女性がお金がないと伝えると、《18万円で許したろ》と返していた。

やがては年金などの支給日も狙って女性宅に押しかけ、筆談で現金を要求。女性は《お金を払うから、許してください》とグループに謝罪までしていた。

令和4年11月〜5年5月、女性は節約を重ねてためた現金約300万円をだまし取られた。

裁判所も追認

府警が聴覚障害者の事件を立件する際に適用したのは準詐欺罪。刑法では、知識不足の未成年者や判断能力が十分ではない心神耗弱状態の人につけこみ、財物や財産的利益を得る罪とされる。聴覚障害者が被害に遭った悪質訪問販売には特定商取引法違反罪が適用されることが多く、罰則の重い準詐欺罪の適用は異例だが、捜査幹部は「聴覚障害イコール判断能力がない」と判断したのではないと強調する。

府警と検察は聴覚障害者の女性が生後間もなく耳が不自由となり、学校教育も十分に受けられなかった成育環境なども捜査。「相手の言葉を額面通りに受け取り、言いなりになる傾向」や、中度の精神遅滞から「社会生活状況に応じた合理的判断や処理能力に障害があった」とし、心神耗弱状態だったと結論づけた。

また、女性宅のごみ箱からグループとの筆談メモも押収。グループのSNSのメッセージとも照合してメモを時系列順に並べ、犯行当時のやり取りを突き止めた。

女性を心神耗弱状態とした府警などの判断は大阪地裁も追認し、兄弟に対し執行猶予付きの有罪判決を言い渡した。2人とも控訴せず確定した。

疑問あっても意思表示しづらく

聴覚障害者らが被害者となる事件は、障害者側が被害を伝える方法が限られるといった理由から、被害が表面化しにくいのが特徴だ。

大阪聴力障害者協会の長宗(ながむね)政男常任理事によると、特に聴覚障害の高齢者は過去に教育的支援が受けられず、読み書きの苦手な人が多い。相手に意思表示するのも不得手で、今回の被害女性についても「疑問や不審に思っても伝える方法がなかったのでは」とする。

知人でもないグループが何度も押しかけて居座る恐怖感から、被害女性が拒否することが難しかった可能性もあり、「ある意味虐待に近いケース」と憤る。

長宗氏は、相手が手話や筆記で対応しても「知らない人には警戒することが必要」とし、「不審な場合は協会に相談してほしい」としている。(前原彩希)