同性婚の実現は、みんながハッピーになるだけで誰も困らない 慶応大・駒村圭吾教授に聞く札幌高裁判決の意義(2024年4月2日『東京新聞』)

 
「想定外だった」という札幌高裁判決について話す慶応大の駒村圭吾教授

「想定外だった」という札幌高裁判決について話す慶応大の駒村圭吾教授

 同性婚を認めない民法や戸籍法の規定が憲法違反だとして、全国の同性カップルらが国を訴えた裁判で、3月14日の札幌高裁判決(斎藤清文裁判長)は「憲法24条1項に違反する」との初判断を示し、「同性間の婚姻も異性間と同じ程度に保障している」と踏み込んだ。憲法学者はこの判決をどう受け止めたのか。ポイントや意義を、憲法を専門とする慶応大法学部の駒村圭吾教授(63)に聞いた。(奥野斐)

 同性婚訴訟 戸籍上、同性の2人の結婚を認めない民法や戸籍法は憲法違反だと訴えた裁判。原告には、戸籍上はともに女性だが、一人がトランスジェンダー男性で、男女として暮らすカップルもおり、原告らは「同性婚」ではなく、「婚姻の平等」を求める「結婚の自由をすべての人に」訴訟と呼んでいる。2019年に札幌、東京、名古屋、大阪、福岡の5地裁に提訴。21年に東京地裁に追加提訴。これまでの地高裁判決7件のうち「違憲」「違憲状態」は6件に上る。

同性カップルも「婚姻の自由」の権利主体としたインパク
 ―全国5カ所で2019年以降に提訴された計6件の訴訟で、初の控訴審判決となった札幌高裁判決は憲法24条、14条違反とした。
 札幌高裁判決のインパクトは、やはり「婚姻の自由」を保障する24条1項の解釈だ。「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立」とする同項はこれまで、「両性」や「夫婦」という文言の国語的意味から、男女、つまり異性カップルにのみ、婚姻が認められると解釈されるのが通例だった。
 
同性婚の法制化を訴える集会の参加者に、法制化に対する考えを示す各党代表の議員ら。駒村教授(中央左)も集会に参加した=東京・永田町の衆院第1議員会館で

同性婚の法制化を訴える集会の参加者に、法制化に対する考えを示す各党代表の議員ら。駒村教授(中央左)も集会に参加した=東京・永田町の衆院第1議員会館

 実際、地裁判決は6件全てで、24条1項は異性婚を指すとしている。同項で違反とするのはハードルが高く、それゆえ地裁では個人の尊厳に立脚した婚姻・家族の立法を求める24条2項で「違憲」「違憲状態」とする判断が目立っていた。
 しかし、札幌高裁は24条1項の目的が、明治憲法下のいわゆる家父長制、封建的家族制度を否定し、両当事者の自由かつ平等な合意を基礎にした婚姻制度を求めていることや、社会の変化をふまえると、同性カップルも「婚姻の自由」の権利主体に含まれると解釈した。文言へのこだわりも、社会の変化に応じて変わるということを示している。
 ―この解釈は憲法学界では主流なのか。
 正直に言うと、私には想定外であったし、大方の憲法学者もそうなのではないか。24条1項の「婚姻の自由」の権利主体に同性愛者も組み込んだ、この札幌高裁の解釈が、学界や法曹界の支配的見解かと聞かれれば、そうではないと思う。
 ただ、元最高裁判事の千葉勝美氏も、著書「同性婚と司法」(岩波新書)で同じような24条1項解釈を提案されていた。元最高裁判事の解釈だけに重みがあり、今後極めて有力な見解になるのではないか。仮に、札幌高裁と同じような解釈を採る高裁判決がもうひとつでも出れば、最高裁も無視できないだろう。
◆制度改正を求める意図が見える判決
 強調しておきたいのは、この解釈が支配的見解なのか、有力説なのかという点でなく、同性婚の法制化に与えるインパクトだ。
 ―どういうことか。
 これまでは、24条1項の「婚姻の自由」は異性愛者に限られると考えられてきた。婚姻制度は原則として異性愛者のもので、同性愛者の「親密な結合」を守る法制度をいかにして婚姻制度に近づけていくか、というアプローチだった。
 この点、札幌高裁は、異性愛者も同性愛者も「憲法上の婚姻概念」を共有している、と解釈した。両者の法的利益は、憲法的には「同根」であると。憲法上、同根ならば、国会が法律を作る際は、同じ婚姻制度に同性愛者も組み込まれることが前提になるはずだ。
札幌高裁判決の意義について話す慶応大の駒村圭吾教授

札幌高裁判決の意義について話す慶応大の駒村圭吾教授

 ある意味で異例に映るこの解釈を札幌高裁が打ち出したのは、同性カップルに対する制度的措置を国会が行う際の選択肢を、どうにか限定しようという趣旨だと思う。つまり、原則的には両者とも同じ「婚姻」制度に組み込み、それを前提に、部分的な手続きや要件で必要不可欠な差異のみが許される。そういうメッセージではないだろうか。
 ―判決文の最後の付言には「同性間の婚姻を定めることは、国民に意見や評価の統一を求めることを意味しない」ともある。早急な法整備の議論と対応を求めている。
 一連の全ての判決が、合憲とした大阪地裁も含め、同性カップルが深刻な社会的不利益を被っていること自体は認めている。国会が何もしなくてもいいと言っている判決は一つもない。
 普通に考えると、高裁は最高裁のことをおもんぱかり、意識して判決を書く。ところが、札幌高裁の斎藤清文裁判長はおそらく、あえてこの解釈を示すことによって、最高裁の24条1項解釈を同性カップルに有利な方向に誘導し、早期の制度改正を立法府へ迫っているのではないか。
◆「標準世帯」のみでは日本は弱体化
 家族の問題は時間がない。長年、連れ添ったパートナーがいつ事故で入院するか分からないし、パートナーと安心して楽しめる時期はだんだんと減っていく。
 私自身は、1960~70年代のいわゆる標準世帯で育った人間だ。標準世帯への郷愁を深くする一人だが、古い家族の肖像だけ眺めていても昔に戻ることはない。日本全体の社会の活性化を考えても、もはや現状維持は合理性がなく、傍観していることはさらなる日本社会の弱体化につながる。同性婚が実現しても、誰も困る人はいないだろう。異性愛者はこれまで通り結婚できるし、同性愛者もできる。皆がハッピーになるだけだ。

 

 駒村圭吾(こまむら・けいご) 1960年、東京生まれ。慶応義塾大法学部卒業。専門は憲法、言論法。著書に「憲法訴訟の現代的転回」(日本評論社)、「ジャーナリズムの法理」(嵯峨野書院)、「権力分立の諸相」(南窓社)、「主権者を疑う」(筑摩書房)など。