伝統である名字の多様性(2024年4月2日『新潟日報』-「日報抄」)

 新年度、各種の書類に名前を記入する機会は多い。新入社員の中には印鑑を新調したという人もいるだろう。日本人の名字の数は、10万とも30万とも言われる。世界有数の多さのようだ

▼同じ漢字文化圏でも韓国は二百数十種類しかない。「金」「李」など5大姓で人口の55%を占める。中国でも数千種類にとどまる。姓氏研究家の森岡浩さんが著書で解説している

▼一方、移民の国の米国は世界中の名字が集まり、100万を超すともされる。人口550万のフィンランドには数万の名字があり、人口比では日本よりも多い

▼現在、日本の名字で最も多いのは「佐藤」であることはよく知られる。ただ、これも総人口に占める割合は2%以下という。難読なもの、珍しいものなど多種多様な名字がある。ところが、約500年後には日本人が全員「佐藤さん」になるかもしれない。結婚時に夫婦どちらかの名字を選ぶ現行制度を続けた場合、こんな試算が成り立つそうだ

▼東北大の研究者が発表した。現行制度が続くと最多の佐藤姓との婚姻が増え、これを長い間繰り返すと、多くの名字が佐藤姓に吸収されていく可能性がある。計算上は2531年には佐藤姓が100%になる

▼試算の取り組みは、選択的夫婦別姓の実現を目指すプロジェクトの一環である。ユニークで極端なケースかもしれないが、考えさせられる。ご先祖が住んでいた場所や職業などを由来とする名字は日本文化そのものだ。伝統である名字の多様性を失いたくはない。