宝塚がパワハラで謝罪に関する社説・コラム(2024年3月31日)

宝塚がパワハラで謝罪 「あしき伝統」断ち切れるか(2024年3月31日『毎日新聞』-「社説」)

 

宝塚大劇場(左)と宝塚音楽学校=兵庫県宝塚市で2023年11月30日午前11時半、水津聡子撮影

宝塚大劇場(左)と宝塚音楽学校兵庫県宝塚市で2023年11月30日午前11時半、水津聡子撮影

 人の命が失われたにもかかわらず、あまりにも遅い対応と言わざるを得ない。

 宝塚歌劇団の宙(そら)組に所属する女性が昨年9月に死亡した問題だ。歌劇団側は、これまで認めてこなかった上級生らによるパワーハラスメントがあったとして、遺族に謝罪した。

 認定されたパワハラは14件に上る。ヘアアイロンで額にやけどを負わせたり、人格否定の言葉を浴びせたりするケースもあった。10人以上がかかわったという。

 歌劇団側は昨年11月に公表した調査報告書で管理責任は認めたが、パワハラやいじめは確認できなかったと説明していた。公演や行事に影響が及ぶ中、一転して認めた形だ。

 一連の対応で浮き彫りになったのは、芸や舞台を絶対視して、個人の人権をないがしろにする体質だ。厳しい上下関係の中で「あしき伝統」が繰り返されてきた。

 歌劇団は五つの組に分かれ、それぞれ男役のトップスターを頂点に、指導が行われるピラミッド型のシステムだ。上級生と下級生の序列は宝塚音楽学校で形成され、劇団員は「生徒」と呼ばれる。

 歌劇団側は「厳しい叱責がハラスメントにあたると劇団員が認識していなかった。教えていなかった我々に責任がある」などの理由から、上級生らの処分はしない方針という。

 長時間労働や過密スケジュールなど、長年にわたり劇団員に負担を強いる運営が続けられてきた。

 遺族側との合意書でも歌劇団側は、亡くなった女性について、パワハラに加え、長時間の活動を余儀なくされたことが「多大な心理的負荷」となったと認めている。

 運営する阪急電鉄や、親会社である阪急阪神ホールディングス監督責任も厳しく問われる。組織としてガバナンスが機能不全に陥っていた。

 歌劇団側は再発防止策として、ハラスメント研修などを拡充するほか、過密な公演や稽古(けいこ)スケジュールの見直し、内部監査体制の強化などに取り組むとしている。

 今年は宝塚歌劇の初演から110周年の節目だ。舞台に立つ劇団員の人権を尊重する組織に変わらなければ、観客に心からの感動を与えることもできないだ。

 

宝塚問題で合意 二度と悲劇繰り返すまい(2024年3月31日『産経新聞』-「主張」

 

記者会見で頭を下げる(左から)宝塚歌劇団の村上浩爾理事長、阪急阪神HDの嶋田泰夫社長ら(恵守乾撮影)

 痛ましい出来事から約半年、ようやく事態は区切りを迎えた。

 宝塚歌劇団の俳優女性が昨年9月に急死した問題で、歌劇団側がパワーハラスメントを認めて謝罪し、遺族側と補償などに関する合意書を締結した。

 まずは真摯(しんし)に反省し再発防止に努めてほしい。

 歌劇団と運営する阪急電鉄、その親会社の阪急阪神ホールディングス(HD)は会見で「責任は阪急、劇団にある」とした。阪急阪神HDの角和夫会長が遺族に直接謝罪し、上級生らの謝罪文も提出した。

 合意は遺族の主張をほぼ全面的に認めた内容だ。上級生がヘアアイロンで女性にやけどを負わせた事案など、遺族が挙げた15件を14件に整理した上で全てパワハラ行為と認めた。

 長時間の業務で女性に過度な負担を強いたことなど、劇団側に安全配慮義務違反があったことも明記した。

 一方で、ここに至る曲折は旧態依然とした歌劇団の体質を露呈したといえる。当初はパワハラを認めず、上級生らをかばうかのような姿勢に終始した。旧弊を「伝統」とはき違え、改めてこなかった責任は重い。

 潮目が変わったのは1月、遺族側がパワハラを認めない場合は訴訟など交渉以外の手続きを検討すると通告してからだ。運営を現場任せにしてきた阪急電鉄の管理体制の甘さや阪急阪神HDのガバナンス(企業統治)欠如も浮き彫りになった。

 合意について遺族代理人の弁護士は「あしき伝統を見直す第一歩として重要な意義がある」と評価した。今後については「反省し改善すべきことは無数にある」と指摘している。

 劇団側は「娘の尊厳を守りたい一心でここまで来た」という女性の母親の悲痛な声に、応えていかなければならない。

 劇団員は全員、宝塚音楽学校の卒業生だ。今回の問題は、学校という閉鎖社会から続く人間関係、企業のガバナンスの在り方、そしてエンターテインメント業界での人権問題などが重層的にからんでいる。全て抜本的な見直しが必要だ。

 今後は過密な興行計画の再考や意識改革、有識者による諮問委員会の設置などに取り組むという。注視したい。

歌劇団は存亡の機にあると今一度認識すべきだ。二度と悲劇を繰り返してはならない。