日本版DBS法案 制度の安定を保てるか(2024年3月13日『茨城新聞』-「社説」)

 政府は、子どもと接する仕事に就く人について学校や保育所に性犯罪歴の確認を義務付ける「日本版DBS」創設法案を近く国会に提出する。公的な監督が及ばない学習塾、放課後児童クラブなどには任意の参加を促す。これに応じた事業者は国の認定を受け、確認義務を負う。旧ジャニーズの性加害問題もあり、芸能事務所も対象にする。

 犯罪歴があれば、雇い主は求職者に職種を変えるか就労を諦めるよう求め、既に働いている人の場合は解雇もあり得る仕組みにする。さらに犯罪歴はなくても、子どもや保護者から性被害の訴えがあり、雇い主が「加害の恐れがある」と判断したら、配置転換などを行わなくてはならない。

 英国のDBS(前歴開示・前歴者就業制限機構)がモデル。教員や保育士、塾講師による子どもへの性加害が後を絶たず、厳しい就業制限はやむを得ないだろう。だが憲法で保障された「職業選択の自由」を損ないかねないとの懸念は根強い。一方で保護者を中心に学習塾にも最初から確認を義務付けるなど規制強化を求める声が相次ぐ。

 子どもの安全を第一に考え、規制に抜け道を残さないため法案審議で細心の注意を払うのはもちろんだが、併せて混乱を招かないよう、解雇を巡る判断基準などを詰め、ガイドラインで、できるだけ具体的に示す必要がある。制度の安定を保てるかが問われよう。

 日本版DBSでは、雇い主が性犯罪歴の照会を申請。こども家庭庁が法務省に確認し「犯罪事実確認書」を出す。裁判で有罪判決が確定した「前科」に限定し、示談などによる不起訴処分は含まれない。条例違反も対象になる。懲役刑や禁錮刑なら刑を終えて20年、罰金刑以下は10年の間、照会できるようにした。

 政府は有識者会議の提言を踏まえ昨年秋、創設法案を提出しようとしたが、与党や被害者団体から規制が不十分と批判や注文が続出し、断念。その後、当初想定した採用時の犯罪歴確認を既に働いている人に広げ、場合によっては解雇を容認する方針を打ち出した。

 小規模な施設で配置転換できる職種がない、物理的なスペースが限られるといったケースを念頭に置いている。ただ労働契約法は解雇について「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は無効」と規定し、厳しい制限を課している。

 例えば、長年にわたり問題なく働き続けている人に犯罪歴があると分かったときにどうするか。雇い主は難しい判断を迫られるだろう。こうした事例にも対応できるだけの判断基準が必要になる。解雇無効などの訴訟が相次ぐようでは、制度に対する信頼が揺らぐ。

 子どもの訴えなどで性被害の事実関係を調べる際、第三者がチェックしたり、助言したりする態勢も整えておきたい。また子どもの安全確保という観点から、教員や保育士にとどまらず、運転や給食などの業務に関わり、子どもの近くに身を置く職種についても犯罪歴確認の対象にすべきだとの意見がある。障害者施設を対象に加えてほしいとの要望もある。

 法整備は急務だが、日本版DBS創設法が成立しても全てが解決するわけではない。加害者の治療や更生の支援を含め、あらゆる対策について議論と見直しを重ねていかなくてはならない。