日本版DBS 人権に配慮し議論尽くせ(2024年3月9日『中国新聞』-「社説」)

 子どもと接する職場で働く人の性犯罪歴を検索できる仕組み「日本版DBS」の創設法案が15日にも閣議決定され、今国会に提出される見通しとなった。教育や保育の現場での性加害は子どもの心に深刻な傷を残し、大人になっても苦しむ人は多い。被害根絶への確かな一歩として活用が期待される。

 ただ、犯罪歴がなくても、子どもや保護者たちの訴えに基づいて雇用主が「性加害の恐れがある」と判断した場合には、配置転換などの措置が取れるようにしている。ぬれぎぬによる人権侵害を招かないよう、明確な判断基準を示す必要がある。

 DBSでは国が構築するデータベースを通じて雇用主が就職希望者や現職者の性犯罪歴を確認し、採用や配置を判断する。学校や保育所には照会を義務付け、国が認めた学習塾などの民間事業者にも同様のチェックを促す。犯罪歴には不同意わいせつ罪などの法律違反のほか、痴漢や盗撮などの条例違反も含まれる。

 全国の教育現場では大人が支配的な立場を悪用し、子どもの未熟さにつけ込んでわいせつ行為に及ぶケースが後を絶たない。

 広島市でも昨年、20代の会社員女性が子どもの頃に通っていた塾の男性講師から受けた性被害が原因でトラウマ(心的外傷)に悩まされているとして、損害賠償を求めて広島地裁に提訴。講師は性加害を認めて謝罪し、慰謝料を支払う形で和解が成立した。

 こうした卑劣な行為を根絶するためにもDBSの導入と的確な運用を急ぎたい。制度づくりの焦点の一つだった、「前科」を照会できる期間は拘禁刑が刑終了から20年、罰金刑以下は同10年とした。刑法には禁錮以上の刑は終了後10年で消滅する規定があるが、これを上回る長さだ。

 加害者は更生や社会復帰に向けて一定の制約を受けることになるが、やむを得まい。他の職業に就く道は開かれている。何よりも子どもの安全を最優先に考えたい。

 気がかりは法律や条例に違反した人以外でも、雇用主が「性加害の恐れがある」と判断すれば配置転換などの対策を講じなければならない、とした点である。

 再犯だけでなく、初犯も防ぐ―という大義名分は理解できる。しかし、法律や条例に違反したという明確な根拠を欠く中、どうやって「恐れ」を認定するのか。主張が対立した場合、何を基準に判断を下すのだろうか。

 子どもや保護者からの一方的な訴えを信じるだけでは、重大な人権侵害を招く恐れがある。恣意(しい)的な判断で労働者の人格や名誉が傷つけられる事態はあってはならない。仮に頻発するなら、性別を問わず人材確保が難しくなる。

 政府は雇用者の判断基準や調査方法などを示すガイドラインの策定を進めているという。法案の所管はこども家庭庁とはいえ、重大性を鑑みれば政府を挙げての取り組みが不可欠だろう。今国会で法案の成立を目指すならばガイドラインもセットで示し、議論を尽くすべきだ。