人口減少時代でも医学部定員は増加…2030年に「医師不足」より深刻な「医師余り」時代がやって来る(2024年3月28日)

この4月から医療現場でも「働き方改革」が始まる。勤務医の残業時間の上限が規制されることになり、地方によっては「医師不足」に拍車がかかるのではないかとの懸念が広がっている。しかし、事はそう単純ではない。実は、人口減少時代には、医師の数を増やすことがさらに深刻な課題につながっていく未来が身近に迫っているという。ベストセラー『未来の年表』シリーズの著者・河合雅司氏が解説する。【前後編の前編。後編を読む】

【グラフ解説】人口減少時代でも医学部定員は「維持」

 * * *

 医師不足と言われて久しいが、数年後には「医師余り」時代へと転じる。

 厚生労働省の推計によれば、医学部入学定員を2020年度の9330人で維持し、働き方改革を踏まえて「医師の労働時間を週60時間程度に制限」した場合、2023年に医学部に入学した人が医師になる2029年には需給バランスが均衡するというのだ。すなわち、翌2030年以降は「患者不足」に陥るということである。

 理由は簡単だ。人口減少が進むというのに、医療体制が脆弱な地方の要望に圧されて過剰な医師養成を続けてきたからである。

 医師不足は、医師の総数が少ないというよりも地域偏在に因るところが大きい。ところが、医療の充実は有権者へのアピール材料になるとあって、政治家たちは説明がしやすい医学部の定員増を積極的に推進してきたのである。

 文部科学省によれば、医学部の入学定員は1982年および1997年の閣議決定で抑制され2007年度は7625人だった。しかしながら臨時の定員増によって2009年度は8486人に引き上げられ、2010年度以降は「地域の医師確保等の観点」という名目で最大9420人にまで拡大された。直近の2024年度は9403人だ。

「医師多数地域」ほど医師が増える“不都合な数字”

 政府は地域偏在が本質的な原因であることは理解しており、定員増を図るだけでなく医学部に「地域枠」を設けてきた。さらに、厚労省は医師偏在指標を基に医師確保が必要な区域を設定し、目標医師数や医師確保に向けた施策を定める医師確保計画の作成を都道府県に求めてきた。

 地域枠合格者は地元定着率が約9割と高く、「医師少数県」における若手医師の割合の伸びは「多数県」よりも顕著だ。一定の成果があったことは間違いない。

 しかしながら、医師の養成数を増やすという手法には限界があることも分かった。人口10万人あたりの若手医師数で見ると、とりわけ病院の勤務医においては多数県より少数県が低い傾向にある。

 さらに不都合な数字は、2022年に厚労省が示した2016年と2020年の医師偏在指数の比較データだ。都道府県単位、二次医療圏単位のいずれも最大値と最小値の差がさらに開いていたのである(二次医療圏とは、一般的な入院治療が完結するように設定した区域。通常は複数の市区町村で構成される)。二次医療圏においては医師多数地域でより医師が多くなり、少数地域で少なくなっていた。

 医学部の入学定員を減らさなければならないのは、医師が飽和状態を迎えることだけが理由ではない。

 そもそも出生数の減少スピードを考えると、現行の入学定員数を維持することは難しい。18歳人口に占める医学部進学者は1970年が約436人に1人、2024年は約116人に1人だったが、2050年には約85人に1人となるのだ。18歳人口の全員が大学に進学するわけではないので、分母を大学入試の受験生として計算し直せば、割合はさらに大きくなる。

 18歳人口が減るのに、合格しやすい環境をこのまま放置すれば、求める学力水準の受験生を集めきれない大学が増えよう。医学部に合格できたとしても中退となったり、国家試験に合格できなかったりしたのでは意味がない。

医師数が増えると医療費も伸びる

【関連記事】