就活で「内定辞退」したのに企業からもらえる「特典」とは? かつては怒号も… イマドキの採用事情(2024年3月18日『東京新聞』)

 
3月1日に本格スタートした、大学生の就職活動。就活生にとって悩みの1つが、複数社から内定をもらった場合の「内定辞退」だ。
学生時代の就活を振り返ると、「うちを蹴るなんて」と採用担当者から怒鳴られる経験をした人もいるのではないか。
ところが最近は、内定を辞退した企業から、怒号ではなくむしろ、ある「特典」を受け取る学生もいるのだとか。近年は人手不足が続き、企業にとって内定辞退は手痛いはず。
いったいどんな特典なのか。企業の狙いを聞くと、イマドキの採用事情が見えてきた。(加藤豊大)
 
3月、さいたまスーパーアリーナであったマイナビ就職EXPOに参加する就活生ら

3月、さいたまスーパーアリーナであったマイナビ就職EXPOに参加する就活生ら

◆プライオリティ・パスって何?

「大学生の息子からイマドキの就職活動事情について聞きビックリ」
経済ジャーナリストで元衆院議員の井戸まさえさん(58)が、2月末にX(旧ツイッター)に投稿した内容が、話題を呼んだ。3月15日現在で678万回表示され、2.9万件の「いいね」が付く。
「例えば、A社の内定が出たものの、それを蹴って別のB社に就職する場合。昔だったら灰皿を投げられる修羅場シーンだが、今時は『プライオリティ・パス』がもらえる場合もあるらしい」
「プライオリティ・パス」とは何なのか。
井戸さんに聞いてみると、内定を辞退した学生が数年後、自社を受け直したいと思ったとき、一次面接からではなく、いきなり最終面接からスタートできる特典を指しているという。

◆由来はディズニーランド

プライオリティは日本語で「優先度」と訳される。プライオリティ・パスは、東京ディズニーランドで行列に並ばなくても優先的にアトラクションを案内してくれるパスとして知られている。
プライオリティ・パスを持っている人は通常とは別レーンに案内され、待ち時間が大幅に短縮されるという、お馴染みのあの光景だ。
 
東京ディズニーランドでは、プライオリティパスがあればアトラクションを別レーンで案内され、待ち時間を短縮できる

東京ディズニーランドでは、プライオリティパスがあればアトラクションを別レーンで案内され、待ち時間を短縮できる

井戸さんは、「いきなり最終面接」という特典内容から、行列をカットできるディズニーランドの優先パスになぞらえて、就活版の「プライオリティ・パス」と名付けたのだという。
就活の業界内でも、このプライオリティ・パスなる言葉は広がりつつある。

◆ソフトな「囲い込み」戦略に

「灰皿を投げられる修羅場シーン」と表現された、内定辞退。実際、多くの学生にとって気が進まないものだ。
「氷河期時代は内定蹴ってメッチャ怒られた」「先輩はカレーを投げつけられました」。井戸さんの投稿には、自身の就活時代を振り返るユーザーのコメントが目立った。
 
井戸さんによると、実際に今年、ある大学生は、会社に内定辞退を告げたところ、採用担当者から「これからの面接も頑張って。将来3年間だったら、いつでも受けてくれたら最終面接までの選考はスキップしますから」と穏やかな口調で、プライオリティ・パスの特典までもらえたという。
井戸さんは本紙の取材に「これまでの就活では、内定者に対しては他の会社を受けさせないように迫る「オワハラ」など厳しい拘束があった。それに比べて、プライオリティ・パスはソフトで健康的な囲い込み。時代は変わったと感じました」と語る。

◆就活生は歓迎「おいしい特典」

このプライオリティ・パスという特典を、現役就活生たちはどう見ているのか。3月15日、さいたまスーパーアリーナさいたま市中央区)で開かれた企業合同説明会「マイナビEXPO」に足を運んだ。
就活生からは、「自分たちにとってはおいしいですね」「令和なんで厳しいよりも緩い方がいい」などと歓迎する声が相次いだ
さいたま市内に暮らす女子大学生(21)は「企業も大変なんだな、と学生ながら思います。とはいえ就活は簡単ではないので気を引き締めたい」と冷静だ。
大阪市の私立大に通う男子大学生(22)は「内定辞退では嫌みを言われることもあると聞いたことがあって、その立場になったら言い出しづらいだろうなと思っていた。こういう制度が広がればいいですね」と語る。

◆人手不足で企業に危機感

企業はなぜ、プライオリティ・パスを発行するのか。
大卒求人率の推移(リクルート ワークス研究所調べ)

大卒求人率の推移(リクルート ワークス研究所調べ)

就職情報サイトを運営するリクルートによると、2024年3月卒業予定者向けの大卒求人倍率は1.71倍。大企業と中小企業間で数字の幅はあるが、平均すると就職希望者1人につき1.71件の求人があることになり、学生優位の状況だ。
新型コロナ禍で2021~2023年卒は1.5倍台に落ち込んだが、コロナ「5類移行」後の経済活動の復活や構造的な人手不足を背景に、コロナ禍直前の2020年卒の1.83倍の水準に近づきつつある。
リクルート「就職みらい研究所」の栗田貴祥(たかよし)所長(54)によると、過去にも、学生優位の就活状況が続いた際には、こうしたプライオリティ・パスを出す企業がなかったわけではないという。ただ、「ここ最近は学生を取り合う企業間の競争が特に激しくなった」と指摘する。
 
リクルート「みらい就職研究所」の栗田貴祥所長(同社提供)

リクルート「みらい就職研究所」の栗田貴祥所長(同社提供)

これまで定年後も働き続けてきた団塊世代後期高齢者世代に突入するようになり、シニア層の労働参加率が落ち込むと予想され、「人手不足で業務が回らなくなるのでは」との危機感が高まっているのだという。
「若い就業者を確保するため、新卒時に別の企業に入ってしまっても、その後も採用担当者が連絡を取り続けるなど、企業はあの手この手で就活生との関係作りを続けるようになった。プライオリティ・パスもそうした手段の1つ」と分析する。

◆急増する「第二新卒」に狙い

企業側がソフトな囲い込みにシフトしている背景には、最近の労働市場の変化もうかがえる。
新卒で就職しても3年以内に転職する、いわゆる「第二新卒」と呼ばれる人たちが近年、増加しているのだ。
リクルートが2022年度に実施した調査によると、第二新卒世代とも重なる26歳以下の転職者数は2014年度と比べて3.1倍にまで膨らんでいる。
同じ調査では、「現在の会社でどれだけ働きたいか」との質問に、「定年・引退まで」と答えたのはわずか20.8%だったのに対し、「10年以下の期間」としたのは73.8%にも上った。
これだけ第二新卒が増えていれば、「新卒採用がダメでも関係を続けていれば、いつかまた振り向いてくれるかもしれない」と、企業がプライオリティ・パスでつなぎとめようとするのも無理からぬこと。
栗田所長はこう語る。
「今は新卒時に入社した会社に一生いるというより、転職が当たり前。キャリアアップとして転職をポジティブに捉えるイメージも社会に定着してきた。人材不足解消の手段として、増加する第二新卒を狙いたいとの企業の思いも、プライオリティ・パス発行の背景のひとつにあるでしょう」
「Z世代の就業意識や転職動向」(リクルート調べ)

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