<舞台裏を読む>3補選 首相、苦渋の「不戦敗」(2024年3月16日『北海道新聞』)

「なぜ余計なことをするんだ。長崎は不戦敗でも仕方ないだろう」。2月中旬、岸田文雄首相(自民党総裁)は周囲に不快感を隠さなかった。いら立ちの原因は、4月28日投開票の衆院3補欠選挙のうち、長崎3区の対応を巡り、茂木敏充幹事長が首相の意向に反して、公認候補擁立の動きを続けていることだった。

■総裁再選に望み

 衆院東京15区、島根1区と同日に行われる長崎3区補選は、安倍派の政治資金パーティー裏金事件で略式命令を受けた谷川弥一氏(自民離党)の辞職に伴う選挙で、「政治とカネ」の問題の逆風が自民を直撃している。衆院小選挙区定数の「10増10減」により、長崎県では次の総選挙から選挙区が4から3に減り、現3区は新2区と新3区に再編される。衆院選の候補予定者3人は、当選後の任期が限られる補選には出馬しないため、地元では4人目の擁立は困難との声が強かった。
 ただ野党の立憲民主党日本維新の会は候補擁立を決めており、自民が候補を立てなければ「不戦敗」が確定する。与党の幹事長である茂木氏が擁立の可能性を探るのは当然だったが、首相が不快感を示すのは、不戦敗を選ぶ方が政権にとって都合がいい事情があるからだ。
 裏金事件を受け、岸田政権の内閣支持率は、自民が政権復帰した2012年以降、過去最低の20%前後に低迷。自民の政党支持率も下落が続く。首相は裏金事件の早期幕引きを図り、春闘での賃上げ実現と6月の所得税・住民税の定額減税で支持率を引き上げ、9月の総裁選で再選を果たす戦略に望みをつなぐ。
 しかし、2月28日には自民の船田元・衆院議員総会長が「二つ勝てば首はつながる。全部負けると『岸田降ろし』が始まる」と述べ、3補選で全敗すれば、首相の総裁再選への道は完全に絶たれるとの認識を公然と表明。連立政権を組む公明党石井啓一幹事長も今月10日のBS番組で、衆院選の時期について「自民党総裁選後の秋が一番可能性が高い」と発言し、永田町では「公明も岸田政権を見限り、次の首相の下での衆院解散を求めた」(自民幹部)との見方が広がった。
 「俺が首相を辞めたら、補選は勝てるとでも言うのか」。首相は年明け以降、3補選の勝敗と政権の命運を結びつける動きをけん制してきた。しかし官邸筋は「全敗はもちろん、負け越しでも政権の延命は厳しい」と指摘。「勝てないなら、無理に候補を立てる必要はない。不戦敗は負けとは違う」として、官邸内は長崎3区の不戦敗論に傾いていた。こうした事情を察知しつつ、候補擁立を探る茂木氏に対し、首相は「ポスト岸田」をにらんだ政局のにおいを嗅ぎ取っていた。
■全敗回避を優先
 是が非でも3補選全敗を回避したい首相だが、長崎以外の情勢も厳しい。自民が既に候補者を決めたのは、安倍派会長を務めた細田博之衆院議長の死去に伴う島根1区のみ。元財務官僚の錦織功政氏が初当選を目指すが、裏金事件の影響は大きく、自民の調査では立憲が擁立する亀井亜紀子衆院議員が先行しており、強気の麻生太郎副総裁も「島根は厳しいな」と周囲に漏らし始めた。
 東京15区も、公選法違反罪で有罪判決を受けた柿沢未途被告(自民離党)の議員辞職に伴う補選で、自民への逆風は強い。自民都連は3月に入っても候補擁立を決められず、小池百合子都知事が特別顧問を務める地域政党都民ファーストの会」との共闘も視野に入れる。自民関係者は「都連は独自候補は見送り、都民ファと組んで勝てる候補を推す気かもしれないが、事実上の不戦敗だ」と嘆く。
 「島根で1敗しても、東京で1勝、長崎は不戦敗だから引き分けということにすれば、互角の勝負だったと言える」。首相周辺はこう予防線を張る。ただ自民の閣僚経験者は「ここまで自民党を壊しておいて、総裁選で再選できるわけがない。補選の結果にかかわらず、次の首相は岸田氏以外だ」と突き放した。
■野党連携も課題
 「裏金政治を容認するのか、駄目だと言うのか、はっきりさせる大事な選挙だ。怒りの1票を投じてほしい」。島根1区の大票田・松江市で3日、立憲民主党泉健太代表は声を張り上げた。
 立憲内では、自民が裏金事件にあえぐ中での今回の補選は「3勝して当然」との声が強い。9月に代表選を控える泉氏は、各選挙区の勝利に加え、衆院選での野党連携につなげられるかも問われる。
 「政治とカネ」の問題で自民を離党した議員の辞職に伴う昨年4月の衆院千葉5区補選では、立憲など主要野党4党の候補が乱立。政権批判批判票は分散し、自民新人の当選を許した。今回の3補選でも長崎は維新、東京、島根は維新と共産党がそれぞれ候補を擁立する方針で、候補者調整が進む気配は乏しい。
 泉氏は8日の記者会見で、野党による連立政権の可能性に言及し「本気で目指すなら、野党間で協力した方がよいという流れになる」と強調。衆院選での野党連携に向けて努力を続けると訴えた。
 ただ野党第1党の奪取を目指す維新の藤田文武幹事長は、立憲との調整は「100%ない」とにべもない。今年1月に23年ぶりに党首が交代した共産党の田村智子委員長は「野党共闘の再構築に全力を挙げる」と話すが、立憲側には「共産との協力には反発もある。候補擁立を見送るだけでいい」(党重鎮)との声も強く、候補者調整が進むかは不透明だ。
 4月の3補選の結果は、首相の政権運営衆院解散の判断にどこまで影響を与えるのか。野党連携への契機となり得るのか。与野党の腹の探り合いが続く。