「雲のある日は爆撃しないこと…(2024年3月12日『毎日新聞』-「余録」)

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映画館に設置されている映画「オッペンハイマー」の広告=米南部バージニア州で2023年8月5日、西田進一郎撮影
映画館に設置されている映画「オッペンハイマー」の広告=米南部バージニア州で2023年8月5日、西田進一郎撮影

米プリンストン高級科学研究所前で語り合うオッペンハイマー、湯川秀樹、朝永振一郎の日米3博士(左から)1949年撮影
プリンストン高級科学研究所前で語り合うオッペンハイマー湯川秀樹朝永振一郎の日米3博士(左から)1949年撮影

 「雲のある日は爆撃しないこと」。原子爆弾開発を成功させた米国の天才物理学者、オッペンハイマーは実際の投下にあたり、細かい指示を与えていた。アカデミー賞作品賞など7部門を受賞した映画「オッペンハイマー」の原案本(早川書房)には、こうしたくだりが詳述されている。1945年8月6日、快晴の広島に原爆は落とされ、彼が「かわいそうな人たち」と呼んだ人々を襲う

クリストファー・ノーラン監督の受賞作は、「原爆の父」と称賛されながら科学者としての倫理観にもがく主人公の葛藤の物語だ。決して単純に、原爆投下を正当化する内容ではない

▲ただし、溝も感じさせた。作品は広島と長崎の惨禍を暗示するが、ほとんど描写はない。同時期にヒットした映画「バービー」と原爆を重ねてちゃかしたSNS投稿にバービーの公式アカウントが好意的に反応し、批判を招いた。その後謝罪したが「戦争終結を早めた」と原爆投下を正当化する認識は、今も米国の主流だ

▲それでも、日本での上映が実現する意義を認めたい。「加害者側の視点だ」とはねつけず、さまざまな反応をむしろ伝えればいい。作品は「核」への世界の関心を高め、議論を深める起点となり得る

▲水爆開発に異を唱えた主人公の数奇な半生は、カラーとモノクロ映像を使い分けて描かれた

▲作品が描かなかったものを伝え、科学者が作った「核のある世界」をどう変えていくのか。被爆国・日本の役割を改めて考えさせる「オッペンハイマー」の受賞だ。