伊方原発判決 住民の不安は置き去りに(2024年3月9日『信濃毎日新聞』-「社説」)

 命と安心できる暮らしを優先し、住民の懸念に寄り添おうとした判断とは言いがたい。

 地震や火山噴火に対する安全性を欠いているとして、四国電力伊方原発愛媛県)の運転差し止めを、対岸の大分県の住民らが求めた訴訟の判決である。

 大分地裁は、住民らの生命などに侵害が生じる具体的危険があるとは認められない―として、請求を棄却した。

 伊方原発があるのは、長大な中央構造線断層帯が近くを走り、南海トラフ巨大地震震源域にも入っている場所である。

 裁判で住民らは、四国電力が地下構造をより詳しく調べられる3次元探査をしておらず、敷地周辺の活断層を把握できていない恐れがあると訴えた。

 さらに、原発から海を隔てて約130キロ離れた阿蘇山熊本県)で巨大噴火が起きれば火山灰などが到達しかねず、備えが不十分だと主張した。

 判決は、原発の新規制基準では3次元探査を必ずしも必要とせず、別の調査で活断層はないとした四国電力のリスク評価を合理的と判断した。阿蘇山も、約9万年前にあったような巨大噴火直前の状態ではないとする評価に科学的合理的根拠があるとした。

 伊方原発を巡っては、広島高裁が2017年と20年、運転差し止めの仮処分を決定し、それぞれ異議審で覆された経緯がある。

 国や電力会社が想定する以上の大地震や巨大噴火という「万が一」のリスクを、住民の安全を重んじてより厳格にみるか、社会通念上の許容範囲ととるか。裁判官らの判断は揺れ動いてきた。

 今回の大分地裁判決は後者によったといえる。加えて、「科学的、専門技術的知見や資料」を住民側は十分持っていないとし、新規制基準に基づく四国電力の取り組みをほぼ認めた。

 しかし、原発はひとたび重大事故となれば広範囲に取り返しのつかない影響を及ぼす。その存在を意識しながら暮らす住民の不安は簡単には払拭できない。

 想定外の事態は現実に起きている。1月の能登半島地震でも想定を超える震源域で複数の活断層が連動し、かつて原発計画もあった能登半島北部の海岸線は最大4メートル隆起した。

 判決では触れていないが、細長い半島の付け根にある伊方原発は、事故が起きれば住民の避難が極めて困難になるとも危惧されている。追求すべきは住民の命と安心できる暮らしである。