「徴用工」決着から1年 日韓協力の裾野広げたい(2024年3月5日『毎日新聞』-「社説」)

日本統治下の独立運動記念日の式典で演説する韓国の尹錫悦大統領=ソウルで1日、AP


 共通の課題に直面する隣国同士だ。関係改善の流れを逆戻りさせてはならない。

 韓国政府が徴用工問題の解決策を発表してから1年となる。韓国最高裁の判決で命じられた日本企業による賠償金の支払いを、韓国政府傘下の財団が肩代わりする内容だ。

 1965年の国交正常化以降で「最悪」と評されてきた日韓関係が修復に向かう転機となった。

 日本政府は、徴用工問題を受けて導入した半導体素材の輸出規制などを取り下げた。

 10年以上も途絶えていた首脳の「シャトル外交」が再開された。岸田文雄首相と尹錫悦(ユンソンニョル)大統領の会談は昨年だけで7回を数えた。

 昨年の人的往来は900万人を超え、コロナ禍前の水準に戻りつつある。

 ただ、両国関係を再びこじらせないための取り組みは十分とは言いがたい。

 首相は、歴史認識問題で歴代政権が踏襲してきた「痛切な反省と心からのおわび」という表現を避け続けている。経団連が韓国側と交流強化のための基金を作ったものの、資金集めは難航している。

 ロシアによるウクライナ侵攻で国際秩序が揺らいだ。北朝鮮とロシアの軍事協力は北東アジアの平和も脅かしている。中国は海洋進出を続けている。 尹氏が1日の演説で日本を「世界の平和と繁栄のために協力するパートナー」と位置づけたのは、厳しさを増す安全保障環境への危機感の表れだろう。

 米大統領山荘キャンプデービッドで昨年8月に開かれた日米韓首脳会談では、3カ国による連携強化が合意された。 北朝鮮のミサイル発射情報の即時共有に加え、重要物資のサプライチェーン(供給網)強化や先端技術の保護といった経済安全保障の分野にも協力は広がっている。

 大国のはざまに位置し、貿易を生命線とする日韓の立ち位置は似通っている。不確実性を増す世界の中で両国が協力するのは理にかなっている。そのためには双方の世論の理解が欠かせない。

 来年は国交正常化60年という節目の年である。対等なパートナーとしての関係を深化させる努力を両国政府は尽くすべきだ。