日朝協議への備えはあるか(2024年2月22日『日本経済新聞』-「社説」)

 
北朝鮮が硬軟両様で日本を揺さぶっている。写真は金正恩総書記の妹、金与正氏=朝鮮通信・共同

 北朝鮮に話し合いを呼びかける岸田文雄首相に十分な備えはあるだろうか。北朝鮮がみせる硬軟両様の振る舞いをみて懸念も禁じ得ない。手ごわい相手だけに戦略的な対処法を練る必要がある。

 金正恩総書記の妹、金与正氏が最近、日朝首脳会談の可能性に触れる談話を発表した。日本のみを名指しするのは異例だ。能登半島地震を受けて、金正恩氏が岸田首相宛てに見舞い電を送ったのも同じ動機ととらえられる。

 米韓との関係が膠着するなかで、日朝関係を動かす意味を見いだしているのではないか。拉致被害者と家族の高齢化が進んでおり、日本政府が進展への努力を尽くすべきなのはいうまでもない。

 北朝鮮は最近も巡航ミサイルや地対空ミサイルなどを頻繁に発射している。与正氏は岸田訪朝が実現する条件として拉致問題を「障害物」とみなさないことも挙げている。日本人の生命と安全を脅かし、地域の緊張も高める懸案の棚上げは到底受け入れられない。

 首相は日朝首脳会談の実現に向けて首相直轄のハイレベル協議を進めていくと繰り返し、北朝鮮に様々な働きかけをしているという。「条件を付けずに金正恩氏と向き合う」との原則をどう具体化し解決に導くのか、難しい課題に取り組まなければならない。

 北朝鮮の揺さぶりに日本側が振り回されたり、立ち往生したりしないよう、腰を据えた対策づくりが求められる。最終的に決断するのはほかならぬ首相だ。

 北朝鮮は韓国には対決姿勢を強めて日韓の離反も謀っているようだ。金正恩体制と敵対する韓国政府には日朝関係への警戒感がくすぶる。北朝鮮の脅威に共同で対処している日米韓3カ国に亀裂が入れば、北朝鮮の思うつぼだ。

 首相は政治資金問題などで支持率の低迷が続くが、北朝鮮問題を政権浮揚につなげようとの安直な発想は慎むべきだ。国交のない北朝鮮との折衝では、内外をにらんだ細心の準備と打開に向けたトップの覚悟が欠かせない。