死刑制度は本当に「やむを得ない」のか 続けるリスクを考える 55年前に廃止したイギリスから学べること(2024年3月4日『東京新聞』)

 
 死刑廃止に取り組む英国のNGO代表が本紙のインタビューに応じ、日本政府が5年に1度行う死刑に関する世論調査を「やめるべきだ」と主張した。死刑に関する情報提供をほとんどしないまま、単純な選択肢しか用意していないからだ。死刑廃止に世論は関係ないのか。55年前に死刑を廃止した英国が示すものとは―。(大杉はるか)

◆政府の世論調査で「廃止すべき」は9%だが…

 「この15年で、来日は8回目だと思うが、日本は変わらない。世論だ、世論だという」
 英NGO「死刑プロジェクト」の共同設立者ソール・レーフロインドさんは顔をしかめる。30年以上前から各国で死刑囚の司法援助を行い、死刑廃止も支援してきた人物だ。昨年7月に124番目の死刑廃止国となったアフリカ・ガーナでも、議会や市民団体に助言をした。
 今回は東京・府中市の府中刑務所を視察したほか、日本での死刑論議を前進させる目的で、超党派議員連盟「日本の死刑制度の今後を考える議員の会」の議員や死刑廃止国際条約の批准を求める市民団体「フォーラム90」のメンバーらとも意見交換したという。
日本の死刑に関する世論調査の問題などについて語るソール・レーフロインドさん=東京都千代田区の在日英国大使館で

日本の死刑に関する世論調査の問題などについて語るソール・レーフロインドさん=東京都千代田区の在日英国大使館で

 そのレーフロインドさんが問題視するのは、内閣府が5年に1度行っている死刑制度に関する世論調査。直近は2019年で、20年に公表された結果では「死刑は廃止すべきだ」が9%、「死刑もやむを得ない」が80.8%、「わからない」が10.2%だった。死刑容認は4回連続で8割超となった。
 死刑廃止が世界的潮流となる中、日本政府が維持の根拠とするのが「世論」だ。国際人権規約に関する22年の政府報告では、「国民世論の多数が『死刑もやむを得ない』と考えていること」や「凶悪犯罪が後を絶たない状況」を理由に、「死刑を廃止することは適当でない」と従来の主張を繰り返した。

◆本来聞くべきなのは「どれほど死刑を支持しているか」

 だが「(調査が)世論を反映しているとはいえない」と言う。そもそも、法務省は死刑執行時に氏名と場所しか公表しておらず、その死刑囚を執行対象に選んだ理由や、執行までの状況なども知らせない。調査の選択肢も問題といい、「本来聞くべきは、どれほど強く死刑を支持しているかで、『やむを得ない』では調査としては不十分だ」と話す。
 英国では第2次世界大戦直後の1949年に政府が死刑に関する王立委員会を設置。4年の調査の結果、冤罪(えんざい)リスクのない刑事司法制度はあり得ないとの結論に至り、5年間の執行停止を経て、69年に死刑を廃止した。仮釈放の可能性のある終身刑を最高刑としている。レーフロインドさんによると、当時76%が死刑を支持していたが、政治の決断を世論は受け入れた。
 
死刑制度の世論調査の問題などについて語るソール・レーフロインドさん=東京都千代田区の在日英国大使館で

死刑制度の世論調査の問題などについて語るソール・レーフロインドさん=東京都千代田区の在日英国大使館で

 「ほとんどの人が毎日考えるのは、仕事や病気、家族、友人のことで、死刑には関心がない」と語り、「日本でも国会が廃止を決めれば世論は受け入れる」と続ける。
 「日本政府は調査をやめるべきだ。死刑存置の言い訳として、世論調査を続けている印象があるが、存置を正当化できない」

◆死刑制度維持は「日本の評判」を落としている

 では死刑に関する世論調査は不要なのか。レーフロインドさんが強調するのは、調査主体の変更だ。「日本から独立した、刑事罰に関する世論調査の国際的専門家が調査し、日本政府に結果を報告すればよい」
 ガーナをはじめ各国でこうした調査は行われてきており、「(結果は)世論の死刑支持は抽象的で、説得しうるものだということを示す。国会議員にも良いデータを提供することになる」と説明する。
 死刑制度を維持していることは、日本の評判を落としているという。「死刑は基本的人権と相いれない。残虐で、(執行が)恣意(しい)的で、誤判の危険がある。それが死刑。維持することはできない」とレーフロインドさん。「遺族感情」が死刑支持の理由に挙がることもあるが「被害者が求めているのは、何が起きたのかという情報提供、精神的経済的なサポートだ。全員が死刑を求めているわけではない」と否定する。「死刑に犯罪の抑止効果があるという科学的証拠はない」
 静岡一家殺人事件で44年前に死刑判決が確定した袴田巌さんの再審にも注目する。「完璧な刑事司法制度はない。裁判官もミスをする。死刑にしてしまえば取り返しがつかなくなる」
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◆「廃止」へ動く日弁連、「終身拘禁刑」の創設も提言

 日本国内では日本弁護士連合会(日弁連)が死刑に関する議論を活発に行っている。2月29日には、日弁連が呼びかけ、法曹関係者や国会議員、学識経験者ら委員16人でつくる「日本の死刑制度について考える懇話会」が発足。方向性について議論を重ね、今秋に提言を取りまとめることを目指す。(宮畑譲)
 日弁連は2016年の宣言で、死刑制度廃止の立場を明確にした。また、22年には、代替刑として、例外的な減刑制度を含めた終身拘禁刑の創設も提言した。政界では、18年に死刑制度を考える超党派議連が設立された。
 今回発足した懇話会には、林真琴前検事総長や中本和洋元日弁連会長、金高雅仁元警察庁長官、「日本の死刑制度の今後を考える議員の会」会長の平沢勝栄衆院議員、「被害者と司法を考える会」の片山従有代表ら幅広い意見を持つ有識者が集まった。
法曹関係者や政治家らが参加した「日本の死刑制度について考える懇話会」=2月29日、東京都内で

法曹関係者や政治家らが参加した「日本の死刑制度について考える懇話会」=2月29日、東京都内で

 座長に就任した中央大大学院の井田良教授は、懇話会に先立つ準備会で「死刑制度は日本の人権の最大の問題の一つ。ただ、これまで重大性に見合った深い議論が必ずしも行われてこなかった。一歩も二歩も掘り下げた議論をしたい」とあいさつした。
 一方、林氏は「死刑制度は政策選択の問題。廃止がマストだという意見にくみするわけではない。廃止、存置、どちらがベターなのかという議論に参加したい」と述べた。さらに、「犯罪被害者の中には、死刑という制度に期待する人もいる。そうせざるを得ない状況を同時に変えていくことを進めなければ、結論は得られない」と強調した。

アメリカでも死刑判決、執行数が減っている

 日弁連の「死刑廃止及び関連する刑罰制度改革実現本部」事務局長の小川原優之弁護士が、これまでの取り組みを紹介。その中で、死刑に関する情報公開が不十分であることや、死刑を廃止したヨーロッパ各国では、廃止前は死刑を支持する世論が大勢だったことを挙げ、「死刑廃止は政治家のリーダーシップで実現してきた」と指摘した。
 甲南大の笹倉香奈教授は、死刑存置国の米国でも、死刑判決や執行数が減っているといった国際状況を解説した。
 懇話会事務局の川村百合弁護士は「日弁連の意見とは異なる方も含め、各界の著名な方が集った。現代社会における国家や人権の考え方を踏まえ、一致点を見いだして提言ができれば、国を動かす力になる」と期待する。

◆デスクメモ

 死刑が「日本の評判を落としている」と聞いて思い出すのは、自白するまで身柄を拘束する「人質司法」。劣悪な環境で働かせる「外国人技能実習制度」もあった。世界の潮流から、ずれた人権感覚…。ひょっとして観光では訪れても、それ以上付き合いたくない国になっていないか。(本)