パラのトップ選手たちが健常者とガチ勝負 卓球全日本選手権 白星ゼロでも「勝ち上がる選手必ず出てくる」(2024年3月3日『東京新聞』)

東京パラリンピックの男子シングルス1次リーグで勝利した岩渕幸洋=2021年8月、東京体育館で

東京パラリンピックの男子シングルス1次リーグで勝利した岩渕幸洋=2021年8月、東京体育館

 1月の卓球全日本選手権は、一般の部で初めて肢体不自由、知的障害、聴覚障害の各競技団体に推薦枠を設けた画期的な大会だった。パリ・パラリンピック代表内定選手や、2025年に東京で開かれるデフリンピック出場を目指す聴覚障害選手ら計6人が憧れの舞台へ。いずれも初戦敗退に終わったものの、それぞれが収穫を得た。卓球界は東京五輪パラリンピックのレガシー(遺産)としてオリパラ連携の推進に積極的に取り組んでいる。(兼村優希)

◆高校生にストレート負け「自分のプレーできなかった」

 自分の方が経験値は何倍もあるはずなのに、足がすくむ。パラリンピック2大会連続出場の岩渕幸洋(協和キリン)は初戦で高校生と対戦し、ストレート負けに終わった。「出るだけで終わらないようにと目標を立ててきたが、このような結果になって悔しい」と唇をかんだ。
東京パラリンピックの男子シングルスに出場した岩渕幸洋=2021年8月、東京体育館で

東京パラリンピックの男子シングルスに出場した岩渕幸洋=2021年8月、東京体育館

 全日本選手権に通じる東京都予選には幾度も出場したが、厚い壁にはね返されてきた。この日はコンディションも万全ではなく、2ゲーム連取を許す。第3ゲームでは相手に打たせながら返球をコントロールして粘る戦法が効き始めたものの、10—12で競り負けた。「いつもの試合とはひと味違う緊張感を味わった。その中で自分のプレーができなかった経験を次に生かしたい」と前を向く。

◆20歳のホープも「一般の大会でも勝てるように」

 パリ・パラリンピックへは、多くの選手が3月末までの世界ランキングで得られる出場枠を争っている。日本で既に代表に内定しているのは昨年10月の杭州アジアパラ大会で優勝した女子知的クラスの和田なつき(内田洋行)のみ。恵まれた体格で多彩なサーブを持ち味に、この1年で急速に頭角を現した20歳の和田でさえも、全日本は初戦敗退だった。
 普段出場している知的障害選手同士の大会と比べて、「みんな一勝一勝を大切にしていて全然違った。知的障害の選手だと一回ペースが崩れたら戦術がうまく立てられない子が多いので、崩せば勝ちみたいなところはあるけど、全くそれがない」と脱帽。緊張感漂う会場を見渡し、「こういう規模の大会を体験できてうれしい。一般の大会でも勝てるような卓球を目指したい」とほほ笑んだ。

◆「障害者スポーツにとっての幕開け」

 男女1人ずつの推薦枠は、各団体が予選会で決めた。聴覚障害女子のエース亀沢理穂(住友電設)は全日本で1ゲームを先取したが、逆転負け。音が聞こえないため、目でボールを追って反応が遅くなる聴覚障害者同士の試合に比べ、「健聴者はボールが速く、ついていけない」と苦笑した。
 同行した父の佐藤真二さんは「障害者スポーツにとって一つの幕開けになった。これをどう強化につなげるか。出ただけで終わらず、計画的に勝っていくことができれば」と全日本代表を決めた後の本番までの強化のあり方を課題に挙げた。
 海外では、五輪や世界選手権で活躍するパラ選手もいる。オリパラ連携と強化策がかみ合えば、日本でもそんな光景が見られるかもしれない。

◆協会強化トップ「思った以上の刺激」と手応え

 日本卓球協会の宮崎義仁専務理事は、健常者の競技団体幹部でありながら、パラ競技団体の日本肢体不自由者卓球協会で強化トップのハイパフォーマンスディレクター(HPD)を兼ねる異例の肩書を持つ。オリパラ連携を推進する日本の卓球界はこれからどんな道を歩むのか。宮崎氏に聞いた。
日本卓球協会の宮崎義仁専務理事=日本卓球協会提供

日本卓球協会の宮崎義仁専務理事=日本卓球協会提供

 —全日本選手権に障害者枠を設けた意図と手応えは。
 日本卓球協会の加盟団体には全日本の推薦枠を与えていたが、障害者団体だけにはなかった。障害者は健常者よりも弱いだろうという観点があったのかもしれない。まずは一緒に戦える場に上げるべきだと考えた。
 本番では手を震わせながら戦う選手もいて、思った以上の刺激を与えられた。これが続けば勝ち上がる選手も必ず出てくる。五輪でもパラリンピックでも活躍する選手が将来は出てくるのではないか。
 —2022年春にHPDに就任。パラ選手にも味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)を積極的に利用するよう声をかけ、健常者の選手とも交流の場を生んできた。
 NTCでオリとパラの合宿のタイミングが重なったら、それぞれで練習している卓球台を接近させて一緒にやる雰囲気をつくった。そのうち、車いすを借りてプレーしてみる選手がいたり、張本智和らがパラの選手と歓談したり。対戦相手の分析などでノウハウを持つ日本卓球協会のデータ班もパラに一部協力していた。
 —肢体不自由、知的、聴覚の障害者3団体の統合計画も先導する。
 来年の1、2月ぐらいに統合団体の法人を立ち上げたい。3団体を解散するのではなく、一つの統合組織をつくり、そこの下に各団体をくっつける形。七つの団体で組織する日本障がい者サッカー連盟を参考にした。
 日本卓球協会への加盟はこの統合団体一つにして、これまで3団体に与えていた補助金を一本化しようと。その年の大会スケジュールなどを参考に各団体に分配するイメージ。大会運営で足りない人員を他団体に協力してもらうなど、統合団体をうまく使っていきたい。
 —Tリーグの新構想も検討している。
 今は一つだけのTリーグを、将来的にT1、T2、T3リーグなどと広げたい。まだ組織体をどうするかという議論をしている最中なので詳細はこれからだが、ゆくゆくはその中に障害者枠を入れられないかと考えている。
 —卓球界でオリパラ連携を進める意義は。
 東京大会の意義は共生社会の実現だったと思っている。そのレガシーを、卓球としてはオリパラ共生という形で残していきたい。こうした取り組みが全体の底上げにつながり、新しい選手が出てくる土壌も必ず出来上がる。